そのとき、飛行機は笑顔と歌声に満ちた~ブラジル・アルゼンチンを旅しながらワールド・カップを見た~ 

そのとき、飛行機は笑顔と歌声に満ちた~ブラジル・アルゼンチンを旅しながらワールド・カップを見た~ 


ボクが乗った、カタール航空ブラジル・アルゼンチン線の就航第1便は、消防車による、歓迎の放水のアーチをくぐり抜けて、サンパウロ空港に迎えられた。大阪から途中ドーハで乗り換え、ユーラシア大陸とアフリカ大陸と大西洋を横断するという長い長いフライトであったが、やっとブラジルに着いた。


初めて乗客を乗せて南米に降り立ったカタール航空機と迎える人々
初めて乗客を乗せて南米に降り立ったカタール航空機と迎える人々
入国手続きを終えて、国内線ターミナルに行くと、壁に設置されたテレビを食い入るように見る人々の群れがあった。テレビはサッカーのワールド・カップ南アフリカ大会の、決勝トーナメント進出をかけて戦う、日本とデンマークの試合を映し出していた。
「おおっ!」。思わず声が出た。「日本は2-1で勝っている!」後半で、しかももう半ばを過ぎている。「行ける行ける!勝てるでぇ、これは。」 乗り継ぎの国内線の搭乗時刻までには余裕がある。長旅の疲れも忘れ、ボクはそこにいた人たちと一緒に試合を見守ることにした。そのとき、人々からちょっとしたどよめきが起きた。あ、はいった。3点目のゴール。よっしゃぁ。
ボクは、サンパウロで、日本の決勝進出をしっかり見届けて、リオデジャネイロ行きの国内線に乗ったのだった。ちょうど地球の裏側のサンパウロは、日本と12時間の時差。真夜中の日本で起きているであろう大騒ぎを頭に思い描きながら、、、、。
翌日の6月25日は既に決勝進出を決めていたブラジルとポルトガルの試合がある日だった。
ブラジルは、お休みの日になった。ワールド・カップの試合がある日は祝日扱いなのだ。
リオデジャネイロのコパカバーナ海岸(パブリックビューイングから離れた所)
リオデジャネイロのコパカバーナ海岸(パブリックビューイングから離れた所)
ボクが乗ったリオデジャネイロ市内観光のバスは有名なコパカバーナ海岸の海沿いの道にさしかかった。すると、たくさんの人たちがビーチ沿いの歩道を、みんな同じ方向に向かって歩いている。その中の、かなり多くの人が、黄色と黄緑のブラジルチームのユニフォームを着ている。ビーチにワールドカップの試合を見るパブリックビューイングの会場ができていて、みんな、そこを目指して歩いているのだ。
午前の観光を終えて、バスがまた、その会場の横まで進むと、とんでもない大観衆が目に入った。
広い、真っ白い砂浜にびっしりとブラジル人たちが集まっていた。その前に、巨大なディスプレイが立っている。ユニフォームを着ている人が多いので、全体的に黄色く見える。
バスがそのすぐ横に止まると、窓から見ているボクたちに気付く人もいて、笑顔でこっちに手を振ってくれる。こちらも笑って手を振る。もともと陽気なブラジル人が、ゲームを楽しんでさらに陽気になっているのか。それとも、あまりに多い人の数に驚くボクたちの顔が滑稽だったのか。彼らを見ているとこちらの気持ちも陽気になってくる。
ワールド・カップ ブラジル戦のパブリックビューイングに集まる群衆(リオデジャネイロ・コパカバーナ海岸)
ワールド・カップ ブラジル戦のパブリックビューイングに集まる群衆(リオデジャネイロ・コパカバーナ海岸)
ボクたちはバスを降りて会場の群衆の中に入ってみることにした。
ガイドさんは、「危ないから、、、」とバスから降りることを渋ったが、財布・カメラ・腕時計など、カネ目のものを全てバスに置いていくことを条件に降ろしてくれた。見た目には、みんな楽しくゲームを見ているだけで、危なそうにはまるで感じない。でも、相手に点を入れられでもすると、気が立つ人もいるだろうナ、と、ボクもそれらをバス内に残してビーチに下りた。
(なので、この部分の写真はありません。)
南半球のブラジルは今は冬である。だがしかし、ビーチは暑かった。カーッと、太陽が射してくる。ビーチに日陰はない。白砂は光をはね返してくる。
でも、そこにいる大群衆はそんなに熱くはなかった。既に決勝進出を決めていたからなのか、それとも試合内容が盛り上がらないからなのか、中には寝ころんで目を閉じ日光浴をしている人もいる。仲間たちとのおしゃべりのほうに夢中な若者たちもいる。何も、わざわざパブリックビューイングに来て寝てることもないだろうに、と、横目でそんな人たちも見ながら、ボクは試合を注視した。ブラジルが得点したら、さぞかしこの大観衆は喜びを爆発させるだろうに、と、そういう騒ぎを見たいボクは、不純な動機でブラジルを応援して見ていた。
しかし、時間が来て、ボクたちはその場面を見ることができないまま、バスに帰ることになった。
ワールド・カップ ブラジル戦のあと、ボクのカメラを見てポーズする女性
ワールド・カップ ブラジル戦のあと、ボクのカメラを見てポーズする女性
その後、バスはさらに市内を回ったが、試合は引き分けに終わり、パブやレストランや、ビールを片手にテレビを見られる店という店に集まっていた市民たちが、がっかりして帰って行く姿が至る所で見られた。もし勝っていたら、いつまでも、祝勝の騒ぎが続くらしいのだが、それを見られなくて、残念。
ボクはその日の夕方の国内線でイグアス滝に向かった。
イグアス滝の『悪魔ののど笛』で
イグアス滝の『悪魔ののど笛』で
イグアス滝の壮大な景観を堪能したボクは、その翌日の6月27日、アルゼンチン航空の国内線でブエノスアイレスに向かうため、アルゼンチン側のプエルト・イグアス空港に向かった。ボクが乗る便の出発時刻は、ちょうどその日、南アフリカで行われているワールドカップ決勝トーナメントのアルゼンチン-メキシコ戦のキックオフの時刻と一緒だった。
ブラジル側から国境を越えアルゼンチン側の町に入ってくると、町に人影が少ない。試合を前に、人々はもう、テレビの前に座り込んでいるのだろうか。
空港に着いてチェックインを済ませ、出発ターミナルにあるレストランに入った。テレビでは試合前のスタジアムを映していた。そこで、搭乗を待っていると、、、、、、ボクが乗る便の出発が1時間遅れる、という案内が出発便のディスプレイに現われた。「やっぱり、、、。」
予定通り飛ぶと乗員も乗客も試合が見られない。真相は分からないが、おそらく「遅れたらいいのに、、、、」と思う気持ちは、みんな同じだろう。「もしかして、遅れるのでは、、、」と思っていたことが現実になった。でも真相は分からない。
搭乗前に試合を見られる、と分かったアルゼンチン人の乗客たちがぞくぞくとレストランに集まってきた。テレビを見やすいテーブルから席が埋まっていく。
ワールド・カップ アルゼンチン戦を見る乗客たち(プエルト・イグアス空港)
ワールド・カップ アルゼンチン戦を見る乗客たち(プエルト・イグアス空港)
試合が始まると、みんな声を殺してテレビを注視している。レストランのウェイターたちも、立ったままテレビを見上げている。
アルゼンチンが得点をあげるといっせいに歓声と拍手が起き、何人かの人がこぶしを突き上げた。
オフサイドではないか、と問題になった、あのゴールである。だが、アルゼンチン人たちにはそんなことは問題ではない。彼らは一様に喜び、空港レストランの緊張は一気に解けた。人々は笑顔になった。
そしてさらにもう1点を入れ、2-0とリードして前半を終えようとした頃、搭乗開始のアナウンスが入った。もう安心して、後半は見なくても良い、と思ったのかな? 真相は分からない。
ブエノスアイレスに向かった飛行機の中で、機内アナウンスが入った。客室乗務員の女性がスペイン語で何かしゃべった。スペイン語は分からないが、声が上ずっているのが分かる。
「ウオー!!」 機内に歓声が上がり、乗客たちがいっせいに拍手をした。「ははあ、アルゼンチンが勝ったんやな。」飛行機に乗ってこんな場面に遭えることはめったにない。ええ、経験や。と思ったそのとき、マイクを通して歌が聞こえてきた。
「おいおい、キャビンアテンダントが歌っとるがな。」思わず声に出してしまった。これまで、何百回と飛行機に乗ったが、乗務員がマイクを握って歌を歌うのは初めて聞いた。観光バスのガイドさんではない、旅客機の乗員なんだ。
驚いたり、珍しがったりしてるのはボクだけで、まわりのアルゼンチン人の乗客たちは、それに合わせて一緒に歌い始めた。どうやら、みんなが知っている歌らしい。おおかた、サッカーの歌か、アルゼンチンの有名な応援歌なのだろう。
歌い終わると、もういちど拍手が起こった。乗務員の歌も初めてだったが、乗客の多くが合唱する飛行機、というのも初めての体験だ。おそらく、もう二度とないだろう。
とてもハッピーな気分に満たされたその飛行機とボクは1時間遅れで、ブエノスアイレスに着いた。
6月30日、また長い長いフライトを経て、ボクは関西空港に帰り着いた。
ボクがちょうどアフリカ大陸の上をカタール航空に乗って飛んでいる頃に行われた決勝トーナメントで、日本がパラグアイに敗れたという試合結果は、関西空港に着いたときに初めて聞いた。なんとまあ、今回のボクの旅の終わりにふさわしいニュースだろうか。
2010年6月 小澤

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