キューバ、再訪の旅

キューバ、再訪の旅


4年ほど前にハバナに2泊した際、印象が強烈だったキューバ。いつの日かまた再訪したい、もっとキューバに浸りたい、とずっと思っていた。エア・カナダが成田発の便に同日接続できることになったとき、今がチャンス、行き時だ!と思い、キューバへの再訪の機会を得た。


ハバナでは、日本語ガイドさんと一緒にゲバラ市内観光に参加した。何年か前に放映された、チェ・ゲバラ「28歳の革命」と「39歳 別れの手紙」を見、ゲバラ関係の書籍を予め読んだため、実際ゲバラが働いていた執務室や、彼の着ていた服、使っていた医療器をこの目で見、ガイドさんの熱い説明を受けとても感動した。


以前と比べてなんとなくの印象だが、クラシックカーの数が減って、中国製、韓国製の車が増えた気がした。
1,2泊目に宿泊したのが、パレシオ・オファリルというホテルで旧市街のど真ん中にあるホテルだ。18世紀に建てられた富豪の邸宅を改装されたホテルでとても趣きがあるホテルだ。難点があるとすれば中心地にあるので、夜12時頃まで賑やかなこと。後日泊まったヘミングウェイゆかりのアンボスムンドスもロビーはとても優雅。中心地にあるものだからこちらもバンドの演奏が部屋まで聞こえてくる。しかしながら音楽の国にやってきたのだから、部屋からライブ演奏がただで聞ける、と思えばとても得した気がしないでもない。


ハバナの次に訪れたのがサンティアゴ・デ・クーバ。キューバで一番暑い気候で、数々の歴史の舞台になった熱い街だ。海賊の襲撃に備え16世紀に建てられた世界遺産のモロ要塞があり、19世紀には米西戦争の舞台にもなった。


そして1953年7月26日、カストロ率いる革命軍がモンカダ兵営を襲撃、革命はここで始まったのだ。今も7月26日は国民の祝日、革命記念日となっている。ここは革命に関する博物館になっていて、銃撃戦の銃弾の後が残っていてその時の様子が目に浮かぶ。



モンカダ兵営襲撃の作戦をたてたグランヒータシボネイは少し郊外にあり、そこは養鶏場で彼らは隠れ潜んでいた。そこには襲撃に失敗し、犠牲になった人の遺品、政府軍の拷問の様子の写真が展示され、武器を隠していた井戸がある。あまりにも惨い様子は思わず目を覆いたくなる。


<捕らえられたが恩赦で釈放されたカストロ兄弟>
一方、この町はルンバの起源「ソン」の発祥の地で、音楽の町でもあり街中で行われるライブ演奏をきかなければここに来た意味がない。ホテルグランデの近くにある、カサ・デ・ラ・トローバというライブハウスはかのブエナビスタソシアルクラブのメンバー、エリアディス・オチョアやコンパイ・セグンドも輩出している有名なライブハウス。ラッキーなことに私が滞在した日はエリアディス・オチョアのライブの日で、彼の生演奏を聴くことができた!! メンバーの中でも彼の声が一番好きで、トレス(キューバの楽器でギターのようなもの)もうまく、映画をみていて、彼に会えたらいいなぁ、でもまだ生きているんだろうか・・・などと思っていたものだから、生きていたことにびっくりし、ライブの日にたまたま居合わせたことにとても感激した。声は若いときのようには張りがあまりなかったかもしれないが、素晴らしい演奏だった。


そして人々も熱い!全てにおいてキューバでhotな街、サンティアゴ・デ・クーバ。キューバを知る上では外すことができない街なのだ。



次に訪れたのがキューバの極上リゾート、バラデロ。青い海、降り注ぐ太陽の光、どこまでも続く白砂のビーチ ― ここはヨーロッパの人々の求めるものが全てある南国リゾートだ。外国資本が入り豪華なリゾートが建ち並び、オールインクルーシブの豪華な滞在が楽しめる、キューバであってキューバではない、そんな雰囲気をもつリゾート。ここでは思う存分リゾートを楽しみたい。ホテルでのんびり過ごすのもよし、ツアーデスクでジャングルツアーや、ダイビング、シュノーケリングなども楽しめ、他のカリブの国よりも値段が手軽なのも嬉しい点だ。私はカタマランで飲み放題のクルーズを楽しんだ後、イルカに触れ合うツアーに参加した。他の国ではイルカに触るオプショナルツアーはとても高く、こんな機会は一生のうちにはない、と思っていたのだが、ここではそんなに高くなく、気軽に参加できるのがよい。かわいいイルカと触れ合えるとのことあって、大人も子供も大興奮!!イルカはよく訓練されていて、触られてもおとなしい。実際触ってみて、ツルツルしているのかと思いきや、ちょっとザラザラしていた。イルカとキスもできたし、かなりテンションの上がる体験だった。



泊まったメリア・バラデロは大型ホテルで施設充実、レストランもたくさんあって、おなかがすいたときにいつでも食べられるのがよい。ブッフェはたくさんの食べ物があふれ、物が不足しているキューバとはとても思えない。夜は毎日、色んな催し物がある。私が滞在した日はライブがあったのだが、めちゃくちゃ上手だ。ハバナのレストラン、ライブでも言えることだが、ものすごく演奏がうまい。彼らは趣味の延長で演奏しているのではなく、小さいときから才能を見出され、政府の音楽学校に入り、ミュージシャンになるそうで、どおりでうまいわけである。ハバナのレストランでお客さんが少なかったため、私のリクエストする曲を求め、それを演奏してもらった。なんとも贅沢な体験だった。



なぜ、キューバの旅行が面白いか、それは私たちの暮らす日本と大きく異なる点がたくさんあるからだ。キューバはこの半世紀、私達とは違う道を歩んできた。冷戦に巻き込まれ、ソ連崩壊後の現在もアメリカの経済制裁にあい、独自の社会主義を築いてきた。世界との物流を阻まれ、配給制がある。古いものは修理して何度も使う。物乞いはおらず、教育費も無料で識字率は100%近く、医療費もほとんど無料。でも、街中の路地に入って、家の中を見てみると決して豊かではない。亡命する人が多くいるのも事実だ。社会主義、資本主義のどちらがいいかなんてことは私がわかることではないが、かつてゲバラやカストロが理想とした社会がここにはあるのだろうか。ある、とも言えるだろうし、そうではない、とも言えるのだろう。カストロが引退した今、キューバは今後どのような道を歩むのか、と世界中が注目しているのである。
こうした社会のシステムが町の風景、人々の生活を、私たちのそれとは大きく異なるものにしたが、ヘミングウェイの愛した風景― 19世紀から変わらないコロニアルな町並み、40年代のクラシックカーが走る風景― は旅行者にそれらを肌で強く感じさせ、今も変わらず在り続けているのである。日々急速に変わり続ける日本から離れ、そんなキューバを訪れてみてはいかがでしょうか。


2011年10月 辻

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