美の裏側にある東欧ロマンを目撃せよ!~芸術の国ロシア・チェコ周遊~

美の裏側にある東欧ロマンを目撃せよ!~芸術の国ロシア・チェコ周遊~


美術館を訪れる目的は、男と女で違う―――
昔読んだ記事によると、女性は美術館へ「お気に入りの作品」を見つけに行くのに対し、男性は「画家の人生と作品の相互関係」を確かめるために美術館へ行くのだとか。これが本当なら、自分の美術脳は男性よりで、ときに女性的な瞬間もあるらしい。
そんなおかま脳の自分が「好みの違う男女におすすめの美術旅は?」と聞かれたら、迷わず「ロシア!チェコ!」と叫んでしまうだろう。今回訪れた2つの国は、たとえファンでなくとも楽しめる要素満載。ここでしか発見できない、とっておきの美術体験が待っていた!
○●○ロシア・サンクトペテルブルク エルミタージュ美術館○●○

エルミタージュ美術館に所蔵されている作品は、約300万点。ルーヴル美術館の10倍もの数の作品がここにある。何がどうすごいのか、何を観るべきなのかわからなくなってしまいそう。でもここは美術館の雰囲気に身を任せ「もし1枚絵を貰えるとしたらどれ?」と考えながら回ると、難しいことを考えずに鑑賞できるだろう。

エルミタージュ美術館 冬宮


エルミタージュ美術館は4つの建物から成っている。冬宮と小エルミタージュ、旧エルミタージュと新エルミタージュ、これにエルミタージュ劇場が付属しているので、少しややこしい。入口は本館である冬宮の宮殿広場に面している側にある。
美術館へ入る前に、建物を観察してみよう。
この美術館はかつて、ロマノフ朝歴代皇帝の冬の宮殿として使われていた。冬と言っても北の都。夏は5~7月の3か月しかないので、それ以外の9か月をこの宮殿で過ごしていた。エカチェリーナ2世時代、この外壁は彼女の好きな薄い水色だったようだ。
美術館であると同時に、ここは極めて政治的な場所でもある。冬宮前の宮殿広場で1905年、血の日曜日事件が発生した。それ以降もロシア革命時には革命軍に占拠され、ナチスドイツによる900日包囲の際も攻撃の対象だった。この美術館の歴史は、ロシア民族の歴史と常に共にある。ナチスドイツの監視の目をかいくぐり、コレクションを疎開させた美術館員たちの命がけの努力によって、今日私たちはこの美術館を訪れることができる。

「猫注意!」

冬宮と小エルミタージュの通用口で、珍しい標識を発見。
「猫注意!」と書かれてあるらしい。
エルミタージュ美術館では、地下室で60匹以上の猫を警備員として雇っている。かつてはエカチェリーナ2世しか見ることを許されなかったこのコレクション。彼女は「エルミタージュ(フランス語で隠れ家の意)」と呼ばれた私的な美術館(現在の小エルミタージュ部分)にその一切を愛蔵していた。しかし同時に、彼女はエルミタージュへのネズミの不法侵入、無許可での鑑賞に悩まされていたという。悩んだ挙句、犬好きで大の猫嫌いながらも、彼女はやむなく宮殿内で猫を飼うことを決めたそう。以来、エルミタージュ美術館の警備には猫が大活躍している。年に1度警備員たちがコレクションを鑑賞できる「猫の日」もあるようだ。

美しい彫刻が並ぶ回廊

この巨大な規模の美術館にしては、かなり特殊な環境にあるのがエルミタージュ。
鑑賞する上での注意点を何点か挙げておきたい。
1 迷路のように広大で、出入口は3つだけ、階段の数も少ない。
また、トイレは1階にしかない。
2 飲物の持ち込み禁止。(入口にてチェック有)カフェは1階にしかなく、席数もかなり少ない。食事を済ませてから美術館へ向かうのがベター。
3 来館後、コートは出入口付近のクロークに預ける。(無料で利用可能)
出入口は3か所あるので、どこで預けたか覚えておく必要あり。
4 19、20世紀の作品は別館へ。
マチスやゴーギャンなど19世紀以降の画家たちの作品は、宮殿広場を挟んで向かい側の別館にある。(入場料別途必要)最近レイアウトが変わったばかりで、まだガイドブックにも反映されていないので要注意。(2015年4月現在)

大使の階段(ヨルダン階段)

エルミタージュコレクションは「大使の階段」からはじまる。まだ美術館が宮殿だった時代、海外使節を迎え入れた正面玄関だった。このロシアバロックの極致は、豪華絢爛の代名詞と言っても過言ではない。広い館内で迷子になってしまったら、ひとまずここを目指すといいだろう。

1812年祖国戦争の画廊

ストロガノフ将軍

ナポレオン戦争で勝利を勝ち取った300人の将軍たちの肖像画がずらり。空いているスペースは戦死した将軍のためのもの。ビーフストロガノフを考案したストロガノフ将軍の肖像もここにある。

聖ゲオルギー(大玉座)の間

歴代皇帝謁見の間。ピョートル大帝が守護聖人としていた聖ゲオルギー(聖ゲオルギウス)の名が冠されている。聖ゲオルギーはトルコのカッパドキア出身。リビアのシレナで生贄にされそうになっていた王妃のため、悪い竜を退治した逸話で有名。彼はキリスト教の勝利を暗示させる存在で、騎士道精神の象徴とされている。ピョートル大帝はゲオルギーと同じ誕生日だったようだ。
ちなみに、ヨーロッパの教会でよく見かけるゲオルギーはこちら

聖ゲオルギー(聖ゲオルギウス)の装飾 ※プラハの街角にて撮影

ラファエロの回廊

バチカン美術館の≪ラファエロの回廊≫を、そっくり模写したのがこの回廊。エカチェリーナ2世がバチカンにあるその回廊の美しさを知り、現地に職人を派遣。隅々まで模写させ作らせた。(所々バチカンのものと違う部分もあるらしい)バチカンの回廊はフレスコ画だが、フレスコ画の技法はもともと南イタリアの温暖な気候を活かして生まれたもので、この極寒の地には適さない。エルミタージュの回廊は全て油絵で描かれている。

レオナルド・ダ・ヴィンチ≪リッタの聖母≫


エルミタージュで押さえておきたいのが、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた2枚の聖母子像。
歴史上、何百人もの画家たちが聖母子像を描いているが、レオナルドの≪リッタの聖母≫は中でも珍しい。聖母マリアは、言わずもがな純潔の存在。たとえ絵の中でも性的な一面を表現してはいけないし、服を脱がせてはならない。そのため、授乳の様子が描かれた作品は世界でも数少ない。≪リッタの聖母≫に描かれているのは授乳の様子だが、一般的に描かれる聖母子像よりも、ごく自然な母子の姿に近いように思う。

レオナルド・ダ・ヴィンチ≪ブノワの聖母≫

そしてもうひとつが、レオナルド初期の作品≪ブノワの聖母≫。
≪リッタの聖母≫と比較して見てみると、≪ブノワの聖母≫に描かれたイエスの手足は少し雑なように見える。それに窓の外の背景も白く、≪モナ・リザ≫を描いた画家のものとは思えない。この作品に贋作の噂があるのは、そのためだ。これは彼の初期作品、まだ技術が未熟で彼らしくない部分が際立っているのかもしれない。
ぼーっと眺めていると、聖母の緑の服は芝生に、イエスの持つ白い花はシロツメクサに見えてきた。公園の芝生で花を摘んで、きゃっきゃと遊んでいる姉弟のよう。聖母子像としてではなく、親心で微笑みながら観てしまう作品だ。

レンブラント≪ダナエ≫

≪ダナエ≫は巨匠レンブラントの最高傑作であり、エルミタージュいわくの作品。
大胆に横たわる女性は、ギリシア神話の英雄ペルセウスの母ダナエ。娘の男児によって殺される、と予言を得た父アルゴス王に幽閉されている様子が描かれている。通常この主題の絵画には、彼女を見初め、金の雨に化けて彼女の寝床に忍び入るゼウスの姿も描かれるが、それがないのがこの作品の特徴。
しかしそれ以上に鑑賞者の目を引くのは、光と影の巨匠レンブラントの描く、ダナエの輝きと透明感をもつ肌、艶めかしい肢体。1985年、一人のリトアニアの青年が彼女に魅了された。彼女を自分だけのものにするため、作品に硫酸をかけてしまった。その上、刃物で2回切りつけた。彼女の美しい肌はあっという間に剥がれ落ち、青年はすぐ精神病院送りに。作品の修復には12年かかったが、もとの輝きを完全に取り戻すことはできなかった。この事件以降、エルミタージュでは飲物の持ち込みが禁止されている。この作品の下には、今も硫酸をかけられた跡が残っている。

美しい3人のヴィーナス

アモールとプシュケ

カラヴァッジオ≪リュートを弾く若者≫

額縁の装飾もユニーク

スフィンクス!?な貴婦人

ロシアといえば治安の悪いイメージだったのだが、サンクトペテルブルグは心配するほど治安も悪くない。夜一人で街の中心部を歩いても、危ないような雰囲気は全くなかった。しかし置き引き、スリは多い。美術館鑑賞中のスリも多いので注意して頂きたい。

自分がもし1点作品を貰えるならこれ!フラ・アンジェリコ≪聖母子と天使たち

○●○チェコ・プラハ ≪スラヴ叙事詩≫○●○

スラブ叙事詩≪原故郷のスラヴ民族≫

スラヴとゲルマン。カトリックとプロテスタント。文明の十字路として発展したチェコの国土。国民的画家ミュシャは、チェコ国民が自国の歴史と向き合うため、優れた絵画を制作することを自らの義務と考えていた。自国を離れ、パリで画家としての名声を得ることとなった彼。海外で活躍していくにつれ、自身がチェコで生まれた意味、国の歴史の是非を己に問うていたのかもしれない。6×8m、全20点の連作は制作に18年を費やしたが、完成した1928年、国は「チェコ・スロバキア」と呼ばれていた。チェコ独自の歴史を省みることを、当時の人々は必要としていなかった。「ミュシャの絵画は、国民の愛国心を刺激するものである」とみなされ、彼はナチスドイツにより逮捕。厳しい尋問に耐えられず、祖国解体を知らないまま78歳で息を引き取った。
ミュシャの夢であり、チェコ国民が歩んできた歴史でもあるこの作品が、近年注目されはじめている。

アルフォンズ・ミュシャ渾身の大作「スラブ叙事詩」

「スラヴ叙事詩」には彼のイメージである草木から着想を得た幻想的なパターンと、女神ような微笑みでこちらを魅了する女性像は決して存在しない。

≪ルヤナ島のスヴァントヴィト祭≫

≪グルンヴァルトの戦いが終わって≫

≪聖アトス山(正教会のヴァチカン)≫

≪スラヴ讃歌≫

作品は全て、もやのかかったようなくすんだトーンで描かれている。確かにミュシャの筆致なのだが、惹きつけられるのは優美さではなく、人々の眼光。その鋭さに、思わず息を飲んでしまう。比べてみると、とても面白い。
一般的に知られているミュシャ

聖ヴィート大聖堂のステンドグラス≪聖キリルと聖メトディウス≫



スラヴ叙事詩の人々




群集像のどこかにこちらをじっと見つめる女性がいて、ここで起こっている出来事をしっかりと目撃するようにと訴えかけてくる。
今回訪れたヴェレトルジュニー宮殿でのスラヴ叙事詩展は今年いっぱいとのこと。とは言っても、この展示はもともと2012年の4ヶ月限定の予定だった。それまではチェコ南東部に位置するモラフスキー・クロムロフ城に常設されていた。評判が評判を呼び、会期も延びに延び、現在は2015年いっぱいの展示予定とのこと。(また会期が延びる可能性もあるかも・・・?)
そして2017年には東京に来日予定。2年後にやってくるミュシャブームの前に、ぜひプラハでスラヴ民族の物語を目撃してほしい。
上で書かなかったエルミタージュ美術館の特徴が、実はもう一つある。約300万点もの作品を所蔵しているにも関わらず、ロシア人画家の作品がほとんどない。チェコにおいても、ミュシャとヨゼフ・チャペック以外の画家の名前はほとんど聞かない。しかしどちらの国の生活でも、芸術はしっかりとしみついている。街中のいたるところにギャラリーがあり、街角では似顔絵画家がたくさんいる。
出発前はただただ美術館を巡ることが楽しみだったが、街を歩くにつれ、人々の生活と芸術との距離感を観察するのが楽しい旅となった。

芸術の国バンザイ!

【スタッフおすすめ度】
●エルミタージュ美術館 ★★★★★
素晴らしい宮殿装飾と圧巻のコレクション!しっかり準備してから訪れたい。
●ヴェレトルジュニー宮殿「スラヴ叙事詩」★★★★★
2年後には日本に来日予定。ミュシャの夢であり、チェコ国民が歩んできた歴史を目撃せよ!
2015年5月 仙波佐和子
ロシア
チェコ

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