ノルマンディー美術散歩 ~印象派と大聖堂、ヨーロッパの歴史絵巻に会いたい!~

ノルマンディー美術散歩 ~印象派と大聖堂、ヨーロッパの歴史絵巻に会いたい!~




ノルマンディーへの旅はパリ、サンラザール駅からはじまる。鉄骨とガラスによってつくられたこの駅舎を、完成した当時の人々は「人類の新しい大聖堂」と呼んだ。大聖堂の役割は時代とともに変わる。クロード・モネの連作《サンラザール駅》そのままの駅舎は喧噪的だ。19世紀末の大聖堂は現代の大聖堂よりも、今目の前のホームの様子に近いのだろうか、と思った。この線路に続く町を想像すると、わくわくした。


パリ サンラザール駅

今回はノルマンディーの魅力的な町を中心に旅をした。バイユー、オンフルール、ルアーブル、ルーアン、ジヴェルニー、そしてシャルトル、パリ。長年気になっていた印象派名画の舞台、大聖堂、そしてヨーロッパの歴史絵巻とも言えるペストリーを一気に観てきた。
○●○バイユー○●○

ヨーロッパにも中国や日本と同じように歴史絵巻があるなんてこと、どうして知ってしまったのだろうか。
《バイユーのタペストリー》と呼ばれるそれは、ノルマンディー公ウィリアム(仏名ギヨーム)の雄姿を高さ50cm、長さ70mにも渡って記録している世界記録遺産。いわゆる「ノルマンコンクエスト」の歴史絵巻だ。


イングランド王エドワードは後継者を持たなかった。自分の死期を悟った彼は、従者ハロルドに自分の跡はノルマンディー 公ギヨームにたくすよう、海を渡らせ伝言させる。ギヨームもエドワードの言葉を受け入れ、ハロルドに対しその伝言が事実であることを誓わせた。しかしエドワードの死後、ハロルドは誓いを破ってイングランド王に即位。それを知ったノルマン軍の大反撃、大勝利が描かれている。
歴史絵巻といえば、日本だと《判大納言絵巻》(出光美術館蔵)が有名だ。このタペストリーはそれが描かれた100年以上前、1077年に制作されている。100年戦争がはじまるより、パリにルーヴル宮ができるより、ゴシックの建築様式が確立されるよりもずっとずっと昔。それを聞けば、この保存状態がどれほど良いものかわかるだろう。かつては年に2回ほどしか公開の機会がなかった。その上何世紀も存在を忘れられていたこともあったようで、度重なる大戦の被害からも逃れている。
さすがに《判大納言絵巻》のリアルで精妙な描写には劣るが、さまざまな面白い表現がみられる。

イングランド王の葬儀のシーン。天から神の手のようなものが降りてきている。彼の死は、神の思し召しだったのだろうか。

ヘースティングスの戦い

特に面白いと思ったのは、ノルマン軍の先頭でこん棒を持つひとりの戦士だ。この戦士はタペストリーをつくらせた当時のバイユー司教。司教は神から剣で刺殺することは禁じられていたが、撲殺は許されていたらしい。
戦闘のシーンは、まるで映画のように鮮やかで臨場感がある。戦士たちの雄叫びやラッパの音、重なり合う剣の響きが聞こえてきそうだ。ロマネスク彫刻から飛び出したような、不思議で独特な表現にどんどんひきこまれる。1000年の時なんて簡単にタイムスリップできてしまう。
これが展示されている「バイユーのタペストリー美術館」はバイユー駅から徒歩10分。近くには、ノルマンディー上陸作戦記念館などのみどころもある。今年はノルマンディー上陸作戦70周年、関連のイベントも多くあったようだ。
ノルマンディーを訪れるなら、歴史が好きなら、バイユーはぜひおすすめしたい場所のひとつになった。
○●○ルアーブル○●○

クロード・モネが描いた《印象 日の出》(マルモッタン美術館蔵)は印象派が印象派と呼ばれる所以となった問題作。発表された当時「描きかけの風景画の方がマシ」「ここにはただ印象しかない」など、さまざまな方面から嘲笑の目を集めた。
この作品は1872年11月13日午前7時35分のルアーブルの光景らしい、というのを知ったのはフランスから帰国してすぐのこと。アメリカの大学が19世紀当時の地図や写真、気象データ、潮の満ち干から割り出したのだという。(なんとロマンのない野暮な研究をしてくれたのか、と個人的には思う)
絵を見れば、それがいつどこで制作されたのかわかると評価されている画家は、実は他にいる。「空の王者」、ウジェーヌ・ブーダンだ。彼はまさにこのルアーブルの地で、モネに自然光の美しさを教えた。ルアーブルのアンドレ・マルロー美術館は彼の作品をはじめとする印象派コレクションの宝庫。モネやルノワール、シスレー、マネはもちろんナビ派や、近年日本でも人気のフェリックス・ヴァロットンの作品も数点あるので、美術ファンなら絶対に外せない。

アンドレ・マルロー美術館

ウジェーヌ・ブーダンの連作


クロード・モネ《ロンドン国会議事堂》(1840-1926年)

この美術館を訪れて改めて思ったのは、やはり美術館は晴れの日に訪れなくてはいけないということ。ブーダンの連作が壁一面に展示されているエリアは、自然光が効果的に採り入れられている。彼が描いたトゥルーヴィルの情景はこれ以上ないほどに輝き、額縁からはみ出すほどに広がっていた。
○●○ルーアン○●○


ジャンヌ・ダルクが火刑されたことで有名な古都ルーアン。モネはここで連作《ルーアン大聖堂》に向き合った。間近で観たルーアン大聖堂は、歴史を感じさせる重厚感と鋭い尖塔を持っていて、モネの絵でしか知らなかった印象との違いに驚いた。モネはこの大聖堂に当たる陽の光と時間による陰影の変化に注目し、33の連作を遺した。大聖堂からほど近いルーアン美術館にそのうちの1点がある。この時期はあいにくドイツに貸し出し中のようで、観ることができなかった。
普段は聖母マリアの純潔のように真っ白な大聖堂だが、夏の夜には「光の大聖堂」と呼ばれるプロジェクションマッピングイベントが毎日行われる。
スタートは21時半と少し遅いが、大聖堂前を訪れるとカップルから家族連れまで既に大きな人だかりがあった。「ジャンヌ・ダルク」と「印象派」、2つがテーマだ。
大聖堂が一面の花畑となり日傘をさす女性が現れたシーンは、特に印象的だった。








○●○シャルトル○●○


ガーゴイルとシャルトルの街並み

シャルトルはパリから電車で1時間ほどの田舎町。聖母マリアのヴェールを聖遺物とする大聖堂には、ヨーロッパ中から沢山の巡礼者が訪れる。嘘か本当か、この地はイエス誕生よりもはるか昔から、聖母マリア信仰があったという…
この大聖堂がすごいというのは随分昔から知っていた。訪れてみて、やっぱりすごかった!
ロマネスク様式とゴシック様式が混在する、一見珍しい斜塔。意を決して中へ進むと、一瞬のうちにステンドグラスのシャルトルブルーに包まれる。そのステンドグラスに描かれている聖書の物語の数も、圧倒的に多い。12~13世紀のゴシック様式全盛期のステンドグラスがほとんどそのまま残っている大聖堂は、世界でもここだけのようだ。



南側薔薇窓

中でも一番観たかったのが、南側の薔薇窓。旧約聖書の預言者たちが新約聖書の書記者たちを肩車しているという珍しいものだ。旧約を新約の予示とみる予型論を由来にするものらしい。

「放蕩息子のたとえ話」の窓

北側にある「放蕩息子のたとえ話」も有名な窓だ。下から上に、左から右に物語が綴られている。文盲の多かった中世の時代、人々は窓から聖書を学んだ。
放蕩息子は親の遺産を前借りして遊びまわり、一文無しになって身ぐるみを剥がされ、職につくもうまくいかない。救いを求めて帰省をすると親は暖かく迎えてくれる。一方で毎日真面目働いていた兄は放蕩息子の弟が歓迎される様子にふてくされ、親に叱責される。「福音書の真珠」と呼ばれている話だ。
どうして放蕩息子の弟は暖かく迎えられ、どうして兄は叱責されたのか、窓には詳しく描かれていない。私たちは自ら想像し、教訓を得なくてはならない。
改心して帰宅を決意しなければ、浄瑠璃の「女殺油地獄」の放蕩息子与兵衛のように金の無心に走り、人殺しをしてしまっていたかもしれない。放蕩息子の弟は父を殺し、兄を殺し、兄に遺されるはずだった遺産は、全て弟のものになっていたかもしれない・・・
考えさせられる窓が他にもまだまだ、まだまだある。ここで半日過ごしたが、どれだけ過ごしてもきっと時間の足りない大聖堂だろう。

南扉口 最後の審判

南扉口 天国行きを赦された人々

南扉口 地獄へ向かう人々

個性ある聖人たち

シャルトルでも、やっぱり夜はプロジェクションマッピングイベント「光のシャルトル」が行われる。中世の扉口の彩色を再現したライトアップは特に幻想的。
シャルトル大聖堂近くのサン・ピエール教会でも、ステンドグラスを活かしたかわいらしいライトアップがあった。フライングバットレス(教会を周りから支える柱)にまで細かい表現が入っていて、これも幻想的だった。




サン・ピエール教会

ずっとずっと行きたかった場所を駆け足で回ってきた。それでもフランスには、まだまだ行きたい場所が尽きない。3度目の渡仏だったが、はじめて来た国のように新たな発見があり、ますます興味がわく体験があった。
そして、今回ははじめてのアートトリップ。双眼鏡片手に美術事典をめくりつつ、ステンドグラスを眺めるひとときは、例えがたい幸せだった。この幸せを求めて、自分は再びこの国を訪れるだろう。次はアミアンだろうか、ストラスブールだろうか。田舎町だけど、オルナンやオータンにも行ってみたい。ランスのルーヴル美術館にも行かなくちゃ!
いつかくるその日のために、大聖堂や美術に関するたくさんの妄想を整理して、すてきなフランス旅を計画したいと思う。
【スタッフおススメ度】
●シャルトル大聖堂 ★★★★★
ロマネスク様式とゴシック様式の斜塔が混在する大聖堂。ゴシック全盛期のタイムカプセル。
●バイユーのタペストリー ★★★★★
ロマネスク彫刻のような不思議で独特な表現。西洋史ファンなら外せない!
●ルーアン ★★★
こじんまりしながらも見所の多いノルマンディーの古都。
日本語オーディオガイドで市内観光も可能。
2014年9月 仙波 佐和子

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