「紛争の島」もいまや「平和の島」!南北キプロスの昔と今をめぐる ~地中海に浮かぶ分断国家キプロス周遊紀行~

「紛争の島」もいまや「平和の島」!南北キプロスの昔と今をめぐる ~地中海に浮かぶ分断国家キプロス周遊紀行~


動物に優しい北キプロス!?思わず足を止めてしまった犬猫用水飲み場


ガソリンスタンドのロゴマークは北キプロス領土を猛烈にアピール


首都ニコシアのおしゃれなオープンカフェに孫悟空出現

現在の朝鮮半島やかつての東西ドイツ、南北ベトナムなど、国際関係のひずみで生まれてしまった分断国家たち。同じ民族間で分かれてしまったことも多く、「悲劇の」とか「引き裂かれた」といった枕詞をもって語られることも多いのです。

しかし地中海に浮かぶ島キプロスは少し事情が違います。南側の「キプロス共和国」はギリシャ系の国民がほとんどで、世界のほとんどの国に承認されておりEUにも加盟しています。一方北側の「北キプロス・トルコ共和国」はその名のとおりトルコ系国民が大多数で、承認しているのもトルコのみ。ぱっと見る限り、「分断国家」にしては2国の力関係は歴然に思われます。

北はトルコ、南はエジプト、西はギリシャ、東はイスラエルやレバノン、といったなかなかキャラのきつい国々に囲まれたこの島は当然ながら激動の歴史をたどってきました。ローマ帝国、ベネチア共和国、オスマン帝国などの支配を受け、約100年前にイギリスの植民地に。1960年に独立したものの、ギリシャ併合を主張してクーデターを起こしたギリシャ系住民に対してトルコ軍が軍事介入、島の北部を占領。南部に住んでいたトルコ系住民は北部へ、北部に住んでいたギリシャ系住民は南部へ流入。これが1974年に起こったギリシャ紛争です。その際国連がそれぞれの住民の衝突を阻止するためグリーンラインという緩衝地帯を定め、これが南北の「国境」となっています。

プロローグが長くなってしまいました。世界でも類を見ないかたちで成立した分断国家キプロス、いっぱしの旅行者から見るとどんな国なのでしょうか。

<穏やかなときが流れるラプタ村であったかプチホテルに滞在>

北キプロスにも空港はありますが就航しているのはトルコへの路線のみで、ほとんどの場合南側のラルナカ空港から入国することになります。なぜ首都のニコシアに空港がないのか、ということですが紛争最前線まっただなかに空港があり現在廃墟になっているとのことです。朽ち果てたターミナルや航空機が残っているそうで、廃墟マニア垂涎といったところですがグリーンライン内にあるため残念ながら一般人の立ち入り不可とのこと。

ラルナカ空港に到着するとこの日宿泊する北キプロスのホテルのオーナーが出迎えてくれました。紛争とか分断国家とか仰々しいワードを並べてきましたが、現在は住民も旅行者も南北を問題なく行き来できます。グリーンラインもギスギスした雰囲気と思いきや、北キプロスの係官は「3ヶ月滞在していいぞ!」と北キプロスジョーク?を放ってきて一気に和みます。

今回泊まるプチホテル、ラピダ・ガーデン・ホテルは北キプロス沿岸部の小さな村、ラプタ村に位置します。ラルナカ空港から行くと島を一気に縦断することになりますが、面積が四国の半分ほどしかない島なのでまっすぐ行くと2時間もかかりません。

ここは何よりも陽気なオーナー家族のあたたかいホスピタリティーが自慢のホテル。到着日はさっそくホテルのママさん主催料理教室が開催されました。一応自称料理男子(最近は鍋焼きうどんとか料理と呼べなさそうなものしか作っていませんが)なので気合を入れて臨みます。

ママさんはTVなどでよく紹介される有名人とのことで、料理はもちろん先生としての腕前も確かで、ここぞというところで褒めまくってくれるのでこちらも一気に上手くなった気分になれます。もちろんできあがった料理はママさんのものとは歴然とした差がありますが・・。


自分で作ったキプロス伝統料理「ボレック」をいただく。トルコ名物のお酒ラクとともに

またこのホテルは広い敷地内でさまざまな果物や野菜を育てており、農園見学に連れて行ってくれます。いかにも地中海らしいオリーブから日本人にもなじみ深いオレンジやレモンまで、こんなにたくさんの作物が育つとは!と驚かされます。
それらをふんだんに使ったこのホテルの食事は美味しくないはずがありません。


超充実の朝食

ラプタ村自体もホテル同様穏やかなときが流れる素朴な村。北キプロスは意外なことに観光大国であることが今回の滞在で分かったのですが、ここは外国人観光客の姿もほとんどありません。
今回はホテルオーナーの友人が観光に連れて行ってくれました。


この車に乗れるだけでもここに来た価値あり!?


オスマン帝国時代の古い家屋が残る

この村では紛争前までトルコ系、ギリシャ系両住民が共存して暮らしていたとのこと。戦火から逃れるためギリシャ系住民は南側へ移住してしまいましたが、いまだに立派なギリシャ教会が残っています。


なんとこの教会は現在老人ホームに。アクロバティックな再利用法

かと思いきや、トルコの力を誇示するように英雄アタテュルク像もドカーンと建っていました。

けれどもとにかく平穏な村で、こんなところで紛争があったなんて信じられません。自身も紛争の際南側のリマソールからやってきたというホテルオーナーは、「今の分断問題はトルコ、ギリシャ両政府の不信感が原因なんだ」とおっしゃっていました。裏を返せば、この2国に振り回されることがなければ今も平和に共存ができたのに、ということなのでしょうか・・・。

<観光客でにぎわう北キプロスの古都と遺跡 ギルネ、ガズィマウサ、サラミス>

北キプロスへ旅行した、といっても実際は首都ニコシアの北キプロス側に入ってみただけ、、というケースが多いかもしれません。しかしぜひとも魅力的な地方都市へ足を延ばしてみたいものです。

まずははるか昔のフェニキア時代から港町として栄えたギルネ(英語名キレニア)。港に面して風情ある旧市街やビザンツ帝国に造られたキレニア城が並び、地中海の港町らしく何とも絵になる風景です。

郊外の山の中腹には13世紀に建てられたベッラパイス修道院があり、こちらも必見です。

さらに島の東側にあるもう一つの港町、ガズィマウサ(英語名ファマグスタ)へ。旧市街の規模はギルネより大きく、立派な城壁の中に多くの教会や歴史的建造物があり、見ごたえがあります。


大聖堂がモスクへ変身したララ・ムスタファパシャ・ジャーミィ


シェイクスピアの戯曲『オセロ』の舞台になったオセロ塔


街一番と評判のスイーツ屋さんの店内は豪華絢爛


昼下がりにコーヒータイムを楽しむおじさん達

とはいえ北キプロスやこれらの街日本ではほとんど知られておらず、耳にしたことがあるにしても先ほど述べた「紛争」や「分断国家」、「未承認国家」というワードがついてくるはず。確かにトルコ軍基地があちこちで見られるなどものものしいところもありますが、実際来てみると意外に観光客が多いことに気付きます。

ガズィマウサ郊外のサラミス遺跡も、世界的にはほぼ無名であるにもかかわらず多くの旅行者が訪れていました。


古代のトイレにて

たしかにこの遺跡はローマ帝国時代のモザイク画がそのまま残っているなど保存状態が抜群で、さらに北キプロスという微妙な立地にあるためか発掘調査もあまり進んでいないため今後注目の遺跡です。この遺跡がどうなるかは、北キプロスの国際的地位にかかっているかもしれません。

その近くにはオールインクルーシブリゾート「サラミスベイコンティリゾート」があり、部屋や施設は他のリゾートホテルとも遜色なく、やはり多くの外国人宿泊客でにぎわっていました。「紛争」「分断国家」「未承認国家」というものものしいイメージからは想像もつきませんが、ヨーロッパ人からすれば安く手軽に行けるリゾート地になっているようです。

また北キプロスでよく目につくのがカジノ。トルコではカジノが禁止になっているようで、気軽にカジノを楽しみたいトルコ人をターゲットにしているとのこと。これといった産業が無く、国交があるのはトルコ一か国のみというある意味異常事態の中でこのようにして活路を見出しているようです。

ちなみに明らかに旅行者ではない外国人もよく見かけましたが、彼らのほとんどは留学生で北キプロス内の大学に在学しているとのこと。北キプロスは教育にも力を入れており、分断国家であることを逆手にとって政治学や国際関係学を学ぶのに最適とアピールしているとか。南側と比べると外交面でも経済面でも不利な中、ただでは転ばないという北キプロスの意地としたたかさが感じられます。

<世にも珍しい分断された首都ニコシアを歩く>

キプロス共和国の首都はレフコシアで、北キプロス・トルコ共和国の首都はレフコーシャ。どちらも同じ都市を指し、英語名はニコシア。ここは世界で唯一の分断された首都で、島を横切るグリーンラインが首都ニコシアも二分しているのです。

地図を見ると円形の城壁の中に旧市街があり、ちょうど真ん中で分断されているのが分かります。南側でもらえる地図では北半分は「AREA UNDER TURKISH OCCUPATION」(トルコ占領地域)とだけ書かれており、なかったことになっているので使い物になりません。北側でもらえる地図も然り。

とはいえ今は街のど真ん中にチェックポイントがあり、観光客でも何の問題もなく南北を行き来することができます。まずはギリシャ系住民が暮らす南側の街を歩いてみます。


やはり目立つのはギリシャ教会。こちらはニコシアを代表するファネロメニ教会


モスクもあるが、トルコ系住民はおらず南アジア系移民の姿が目に付いた


シャコラスタワーから北キプロスを望む。山肌の巨大北キプロス国旗がこちらを威嚇しているよう

食事にも注目しましょう。肉料理が中心なのは北キプロスやトルコと共通ですが、豚肉を食べられるのはもちろん南側のみ。ビールはキプロスのローカルビール、KEOビールです。

カフェではキプロスコーヒーと称し、小さいカップに入れて上澄みを飲むスタイルで出てきます。ってギリシャコーヒーとかトルココーヒーと同じやん。


昼間からおじさんたちがバッグギャモン(ボードゲーム)で大盛り上がりのカフェ

そんなわけで繁華街は住民や観光客でにぎわっているのですが、グリーンラインに近づくと一転ゴーストタウンか!?という雰囲気になります。紛争時から時が止まっているようで、ついさっきまで歩いていた繁華街とのギャップに驚くばかり。

続いて北側へ行ってみましょう。南側の目抜き通り、レドラ通りを何気なく歩いていると急にチェックポイントが出現。

そのまま北キプロスへ「入国」できます。

北側のみどころは、当然教会ではなくモスクなどのイスラム建築やいかにも中東らしいバザール。


オスマン帝国時代に教会からモスクへ変わったセリミエ・ジャーミィ


かつてのキャラバンサライ(隊商宿)、ビュユックハン


ローカル感満点のバザール

また南側では一切見られなかったトルコ語が街にあふれており、南側のキプロス国旗はどこにもない代わりに世界でここ以外見られないであろう北キプロス国旗もこれでもか!というほど飾られています。しかし必ずトルコ国旗とニコイチです。

南側のキプロス国旗もギリシャ国旗とセットで飾られているのをよく見かけますが、ここまでではありません。やはり南側の方が心の余裕があるのか。

レストランでビールを頼むと出てくるのはトルコビールのエフェスで、キプロスビールなんて出てきませんし、


北キプロス名物シェフターリ・ケバブは絶品!行かれた際はぜひご賞味を!

カフェに入ってもメニューにあるのはトルココーヒー。キプロスコーヒーと同じものですが名前はあくまでトルココーヒー。意地の張り合いがハンパありません。

しかし街を歩いていて閉鎖的な雰囲気は全くありません。南側からチェックポイントを越えたすぐの広場で陽気なダンサーのパフォーマンスがありましたし、

イスタンブールなどではおなじみのこれまた陽気なトルコアイス売りがお客をからかっていました。

ギスギスしているかと思いきや意外と明るい雰囲気で拍子抜け。何となくではありますが、着実に南北のお互い歩み寄ろうとしていると街歩きしながら感じました。

またガイドブックには載っていませんが、興味深かったのが南側の街歩きで偶然見つけた市場跡のアート工房。話を聞くとフランスやウクライナなど他国から移住してきた若者が多く、北側の住民もよく遊びに来るとのこと。キプロス自体が多民族国家になろうとしているようで、このような場所から新しい文化がどんどん発信されていくことでしょう。

街でところどころ見かける落書きも、ときどき見る者をはっとさせるものがありました。

分断国家、分断首都という世界でもまれにみる珍しい島、キプロス島。旅行者にとってはギリシャとトルコ、ヨーロッパと中東、キリスト教とイスラム教の2つの文化を同時に楽しめる、一度で二度おいしい島といったところですが、、、


キプロス最後の夕食。ショットで飲むキプロス伝統酒ジバニアはアルコール45度、強すぎる!


グリーンラインのすぐ隣にあるこのレストランの名前は「ベルリンの壁」。いつか崩れる日が来るのか?

これだけでも十分魅力的な島ですが、いつか分断が解消されたときに交わることが無かった2つの文化が交わることでまた新たな魅力が生まれるはず。今からわくわくさせてくれる国です。

【スタッフおススメ度】

●ラプタ村(北キプロス) ★★★★★
旅行者がほとんどいない素朴な村で過ごすひとときは贅沢なものになるはず。ホテルでのオーナー家族とのふれあいも楽しみ。

●ギルネ(北キプロス) ★★★
港に面して風情ある旧市街が並ぶさまはいかにも地中海の港町。時間があればじっくり散策したい。

●ガズィマウサ(北キプロス) ★★★★
ベネチア時代やオスマン帝国時代の面影を今に伝える旧市街の街歩きや観光地めぐりが楽しい。ララ・ムスタファパシャ・ジャーミィは北キプロス最大の見どころ。

●ニコシア(キプロス・北キプロス) ★★★★★
南北に分断されたキプロスの首都。街歩きしながら南側(ギリシャ語名レフコシア)と北側(トルコ語名レフコーシャ)を比較するのが楽しい。きっと驚きの発見があるはず。

【おすすめツアー】

(2018年11月 伊藤)

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