山に囲まれて育った私の憧れの国スイス。5月末美しく険しい山々を目に焼き付けてこようと、意気揚々とバックパックを背負い出発した。列車パスを利用し、チューリッヒからぐるっと時計回りに周遊した感じの行程である。アルプスの神様は果たして私に姿を見せてくれるのであろうか。
1日目
午後にはチューリッヒに到着。飛行機の窓から見た雲行きが怪しいので、とりあえず雨具を出して着込む。すぐに列車にて移動を開始する。日本から鉄道パスを手配していけば、都市間を移動する列車にはほぼ乗れるし、登山鉄道やバスなども割引の対象となるので、個人旅行でスイスを巡る場合には非常に便利である。
(列車移動/所要1時間30分程度)
チューリッヒ空港→チューリッヒ中央駅→サルガンス→マイエンフェルト
サルガンスまではチューリッヒ湖の横を通っていくので、美しい湖とスイスらしい町並みで車窓を楽しむことができる。
初日の目的地マイエンフェルトは「ハイジ」の舞台となった小さな村だ。駅の周辺にホテルやレストランやスーパーがあり、少し離れるとそこにはブドウ畑と牧草地が広がっている。丘の中腹にあるホテルに宿泊するため、雨がそぼ降る中てくてくと坂道を歩いた。お腹がぺこぺこだったので、早速ホテルのレストランで夕食。スイス初の料理はグラウビュンデン州伝統のそば粉で作ったパスタ。クリームソース、パルメザンチーズ、からっと揚げたオニオンが絶妙で美味しかった。
2日目
初日の夜強く降っていた雨も何とか止み、早々にハイキング出発。赤コース(所要1時間30分から2時間程度の気軽に歩けるハイキングコース) を体験してきた。
私はコース途中のハイジホフというホテルに泊まっていたので、ホテルから出発し、ハイジの泉を通り、ぶどう畑を抜け、町を散策してから再度ホテルまで戻ってくるというコースにした。牧草地の横を通るとたくさんの羊たちが集まってきて、そこら中で首に下げている鐘がカランコロン鳴っている。
そして森の中を歩けば鳥の声があちこちから聞こえてくる。まさにハイジの世界をハイキングしているような気分になってくる。途中まったく英語のわからないおじさん達に出くわし写真を撮らせていただくと、「かっこよく撮ってくれよ」という感じで笑顔を見せてくれた。ハイジのアニメに出てきそうなおじさん達。
少し迷いながらなんとかハイジの泉にたどり着くと、次は街の方に向かってひたすらぶどう畑の中を下っていく。
見事なぶどう畑がハイキングコースの左右に広がる。街にたどり着くものの、土曜日かつまだ朝早いため街はひっそりとしていた。かわいらしい建物が並ぶ町並みからはひょっこりハイジが顔を出してきそうである。
街まで出てくるとハイキングコースも残すところ半分。ぶどう畑が広がるのどかな坂道を上がっていくと、ハイジハウスという博物館が出てくる。昔の生活を再現した農家があり、実際にヤギや羊が飼われている。ハイジグッズが売っているお店もあり、見晴らしもいいのでハイキングの休憩にはちょうどいい。
この日は列車とバスを乗り継いでイタリア国境近くの小さな村ソーリオまで移動するため、お昼前にはマイエンフェルトを出発した。
(列車・バス移動/所要時間4時間30分程度)
マイエンフェルト→クール→サンモリッツ(ここまでは電車)
サンモリッツ→プロモントーニュ→ソーリオ(ポストバスを乗り換えていく)
スイス国内は列車のほかにポストバスというバスが小さな町や村を結んで走っており、非常に便利である。スイスパスを持っていれば無料になったり、割引になったりするので、乗車時には忘れずに提示しよう。
サンモリッツからソーリオまでのポストバスの車窓は非常に素晴らしい景観だった。美しい山に囲まれた湖と川に沿って谷を進み、湖を過ぎてマローヤという村を過ぎたあたりから山を下り始め、さらに細い谷に入っていく。そのまま進めばイタリアに入国するという直前のポロモントーニュという小さな谷の下の村でバスを降りる。そこからソーリオまではひたすら細いくねくね道を上がっていく。ポロモントーニュからソーリオまではバスで20分足らずではあるが、一気に山の中腹まで上がるので見晴らしがかなり変化する。こんなところに日本人はまったくいないだろうなぁと思ってきてみたら、なんと団体の日本人客がバスに乗っていた。一般のお客さんもバスの運転手も私も相当びっくりしていた。話を聞いてみると、どうやら普通のツアーではなく、絵を描きにきている人たちであり、ソーリオに3連泊し、美しい景色を切り取って帰るのだという。芸術家たちが集まるほどまでに絵になる風景が広がっているのだろう。
私は村の中心部にある「PALAZZO SAILS」というホテルに宿泊した。地元の貴族の館をそのままホテルとして利用していて、非常に歴史を感じられる趣のある建物だった。ホテルの裏にはきれいに手入れされている庭があり、ゆったりのんびりとした時間を過ごすことができる。夕食の予約をして、早速村内散策に出かけた。
迷路のような石畳の路地と、かわいらしい石葺きの屋根の家々が立ち並ぶ小さな村で、あちこちの路地をさまよい歩いていても、1時間もあれば十分楽しめてしまう。
村の全景を写真におさめようと、村はずれの丘にきてみても迷うことはなく、更に左右に連なる美しい山を拝むことができる。もちろん今現在も生活している人たちがいて、すれ違うと気軽にあいさつを返してくれる。イタリア国境に近いこの村では「ボンジョルノ!」と挨拶するのが普通だった。
時間を忘れてあちこち歩き回っていると、突然大きな鐘の音が鳴り響く。今も村の時間を刻んでいるのは、中心部の塔の中にある鐘なのだ。
ホテルの夕食にはサラダとチーズリゾット。
ビール好きを広言しているとはいえ、さすがにチーズとの相性は・・・と考えて、白ワインを頼んでみたところ、あっさりさっぱりフルーティで、チーズとの相性も抜群!すっかり満足して、暗くなったら夜の山を見てみようと気合を入れていたのにも関らず、明るいうち(といっても9時くらいまで明るい)に眠りについてしまった。
3日目
出発までの時間、再び村内を散策してみた。
ソーリオには、スイス国内やイタリアからも観光客がやってくる。午前中や夕方はそういった観光客も少ないので、ゆっくりと散策することができる。サンモリッツから日帰りでやってこれる距離にはあるが、ぜひとも1泊し、静かで趣きのあるソーリオを楽しみたい。
すっかり満喫したところでソーリオを出発。サンモリッツまでにある村々に、ポストバスを途中下車しながら立ち寄っていく。サンモリッツのバス停でこの方面のポストバスの時刻表を手に入れたので、計画的に3つの村に降り立った。
訪れた順に紹介していこう。
○ マローヤ
シルス湖の西端、そして峠の上に位置しているマローヤ。ポストバス乗り場から少し山の方へ歩いていくと、古い石造りのベルヴェデーレ塔があり、そこからの眺望が非常に素晴らしい。四方を山に囲まれ、湖、谷、峠を見渡すことができる。村にはホテルやレストランもあり、夏には多くの観光客でにぎわうであろう。私が行った時期はまだシーズン前で、ひっそりとしていたが、のどかで自然豊かな村ではのんびりとハイキングを楽しむことができるだろう。
○ シルス・マリア
シルス湖の近くに位置するこの村は、他の村と比べると多くのホテルやレストランが立ち並ぶ観光地で、スポーツ施設も充実している。ハイキングコースがあちこちに延びていて、湖の近くまで歩いていってみると、マローヤ峠を昇ってくる風を心地よく感じられる。
○ シルヴァプラーナ
サンモリッツからはバスで10分くらいの小さな村シルヴァプラーナ。シルヴァプラーナ湖では水上スポーツが盛んなようで、私が訪れたときにも湖ではウィンドサーフィン、カイトボードを楽しむ人たちの姿をたくさん見ることができた。ここでもゆったりのんびりハイキングを楽しむことができるだろう。
それぞれの村を次のバスが来るまでの1時間くらいかけてまわってみた。大きな荷物を背負って歩き回っていたため、サンモリッツのホテルに到着したときにはへとへとだった。サンモリッツの滞在時間が非常に少ないので、とりあえず街に出てみると、日曜日だったこともあって、開いているお店がほとんどなく、軽く散策をしてホテルに戻ってきた。とりあえずスイス(に限らずヨーロッパは)土曜・日曜をお休みにしているお店が多いので要注意である。駅のキオスクは日曜も営業していて非常に助かった。
4日目
スイスといえば氷河特急。スイスを代表する観光列車である。サンモリッツからツェルマットまで、およそ8時間かけて移動をするこの列車に今回全区間乗ることができた。
出発する前の駅構内では、乗車する人たちがそれぞれに写真を撮りあっていた。というわけで私も便乗して一枚。
日本人がたくさん乗っているだろうと思っていたら、同じ車両にはまったく乗っておらず、しかも1人で乗っているのは私と台湾から来たという青年(?)1人だけであった。あとは皆家族や夫婦で来ているので、あちこちでにぎやかな会話が繰り広げられ、イタリア語、ドイツ語、ヒンディー語、中国語、あらゆる国の言葉が飛び交っていた。
イヤホンから聞こえてくる日本語の案内を聞き、地図を確認しながら、車窓の見所を見逃さないようにしなければならない。乗ってすぐにランチをどうするか聞かれる。幸い新型車両だったので、キッチンが連結されているタイプで、そのときにランチのコースを頼むことができた。
サンモリッツからクールまでは、狭い谷の中を進むので、両側に美しい山と川を眺めることができる。さすがに世界遺産に認定されている地区なだけあって、窓の外を見ていて飽きることがない。有名なランドヴァッサー橋を通り、数多くのトンネルも通過する。うかうかしていると見所を見逃してしまうので要注意。
クールを過ぎたあたりから、ランチの準備が始まる。自分の席まで温かい料理を提供してくれるので、列車中にいいにおいが漂ってくる。
昼食を食べ終わり、ディセンテリスという街を過ぎたあたりからだんだんと高度が上がり、オーバーアルプパスへ向かう。氷河特急で最も標高の高いエリアであり、雪を頂いた山々と、美しい湖を眺めることができる。ここを過ぎるとアンデルマットへ向けて急勾配を下っていく。
フルカトンネルを過ぎるとのどかな景色が広がる地方を通っていく。このあたりに来ると、単調な景観と満腹の二つが相まって急激に眠気が襲ってきた。車内全体的にそんな雰囲気だったので、とりあえず隣に座っていたアメリカから来たご夫妻と話して後半を楽しんだ。
ツェルマットに近づくと、徐々に険しい山並みが見えてくる。8時間も電車に乗っているのは長くて退屈なのかなと思っていたけれど、ここまで来るとあっという間であった。見所が多く、写真を撮ったり、食事を食べたり、隣の人と話したりしているうちにツェルマットに到着。17時近くに着いても陽は高く、街からはマッターホルンを眺めることができた。しかし夜になるにつれて、マッターホルンは雲に隠れ、その姿を見ることができなくなってしまった。
真ん中の奥の方に見えているのがマッターホルン
5日目
快晴!を期待していたのにも関わらず、外はどんより曇り空。とりあえず始発の次の列車に乗って、ゴルナーグラートを目指した。
鉄道駅のすぐ目の前から出ている登山鉄道に乗り、頂上のゴルナーグラートまではおよそ30分程度。
晴れていればきれいな景色を眺めることができるはずなのに、残念ながら曇り空。頂上に到着するととにかく寒い!とりあえずマッターホルンやモンテ・ローザなどの山は雲に隠れて見えないが、氷河はなんとか見えたので急いで写真を撮りまくり、暖をとるためにホテルのカフェでココアをいただく。
しばらくすると雪が降ってきてしまい、ついには氷河すら見ることができなくなってきた。次の列車で来た人たちは氷河すら見ることができなかったので、気の毒だった。このまま電車で降りてしまうのもなんともむなしいなと思い、とりあえずリッフェルベルクまでは歩いて降りてみようと決意し出発。あいにくの天気なので歩いている人はほとんどおらず、雪の中をてくてくとただひたすら降りていった。天気が良ければ・・・と思わずにはいられないが、人がいなくて幻想的な雰囲気があり、これはこれでよしと納得。ゴルナーグラートから再び登山列車に乗り麓まで降りた。
午後はグリンデルワルトまで移動。
(移動/所要時間 3時間)
ツェルマット→ヴィスプ→シュピーツ→インターラーケンオスト→グリンデルワルト
グリンデルワルトは日本人に非常に人気で、街の中心部には日本語観光案内所もあるので、何か困ったことがあってもとても心強い。グリンデルワルトに到着し、早速観光案内所に立ち寄った。日ごろからお世話になっているスタッフの方にもお会いすることができ、また翌日の観光についても相談することができた。グリンデルワルトでもあいにくの曇り。翌日は本当であればこのルートで観光する予定であった。
グリンデルワルト(徒歩かバス)グルント(ロープウェー)メンリッヒェン(ハイキング)クライネシャイデック(登山電車)ユングフラウヨッホ(登山列車)グリンデルワルト
ここ数日の天候の悪さでメンリッヒェンからクライネシャイデックのハイキングコースが閉鎖されているということで、泣く泣く断念。とりあえず様子を見て、電車でユングフラウヨッホに行くことにして、窓の外の雨脚は強くなる一方だが、天候が良くなることをひたすら願い眠りについた。
6日目
朝目が覚めてみるとあたりが静かなので、雨が止んだのかと思い、窓の外を見てみると、ところがどっこい一面雪景色。
気温が下がって雪になってしまったようだ。これはこれで幻想的だし、まさか6月のグリンデルワルトで積もるほどの雪に遭遇するとは・・・
とりあえず防寒・防水の準備を整えて出発。1日しかないのだから、とにかく行くしかない。ということで、登山列車に揺られてひとまずクライネシャイデックを目指す。標高が上がるごとにあたりは真っ白。クライネシャイデックはさながらスキー場のようだった。
登山列車には世界中の観光客が集まるため、いろんな国の言葉で観光案内が流れるのだが、日本語の案内だけが異色であった。つい最近変更になったようであるが、なんとアニメのハイジの声なのである。他の外国語案内は、落ち着いたトーンの声なのだが、日本語の案内になったときだけ、いきなり声の高い少女の声が流れてくる。何を言っているのかわからない外国人たちにさえ笑いが広がった。徐々に高度が上がり、ついに「TOP OF EUROPE」に到達。既に3,000メートルを越えているはずなのに、特に高山病らしい症状もなくひとまずスフィンクステラスと呼ばれる展望台に行ってみた。天気が良ければヨーロッパ最長の氷河が見えるはずなのに猛吹雪。360度真っ白の世界で、何も見えない。残念でならない・・・こんなに猛吹雪でも鳥がテラスに寄ってくるのにはびっくりだ。
とりあえずどうしょもない天気なので、氷の宮殿で氷河に触れ、早々に山を降りることに。
このままグリンデルワルトに戻るのも・・・ということで、クライネシャイデックの次の駅、アルピグレンで途中下車し、そこから歩いてグリンデルワルトに戻ることにした。
幸い雪も止み、トレッキングコースも整備されていたので、なんとか歩くことはできた。澄み切った空気を思いっきり吸い込みながら歩く。途中名もない滝が流れていたり、雪解け水の流れる小さな小川があったり、牧場には牛がいたり、起伏のあるコースだが、短いながらも山歩きを楽しむことができた。
最後の夜のお食事は、スイスの定番「チーズ・フォンデュ」これを食べずして帰れないと思い、一人でレストランに入った。いきなり「フォンデュ?」と聞かれ、「イェス!」と答えた。よくわからないので、とりあえずオーソドックスなチーズ・フォンデュを頼んでみた。しかしこれ、1人で食べるのはつらい・・・ひたすらパンと、小さいじゃがいもをチーズに絡めて食べ、たまにピクルスで食休み。最初はおいしいのだが、次第に飽きてくる。目の前のテーブルでは、家族4人で一つのチーズ・フォンデュをつついていた。これが正しい姿なのだろう。
今回は残念ながらアルプスの山々を拝むことができなかったが、そう簡単にはその崇高な姿を見せてはくれないのかもしれない。「お前にはまだまだ早いのよ」といわれた気がした。本来ならば一箇所に2,3日は滞在して、天気のいい日に山に登るというのがいいのだろうが、日本人の短い休暇ではそれはなかなか難しい。たった1日の滞在で、天候に恵まれることもあるだろうが、その逆も然り。天候がいいなら文句なしだが、天気が悪くてもくよくよせず、特に山岳地帯をいただくスイスでは、プラスに考えて旅を楽しむことが必要であろう。山好きの両親を連れてリベンジする!とユングフラウヨッホに誓ったことは言うまでもない。
2011年6月 倉田