気持ちはキャラバン!ときどき遊牧民 シルクロードの歴史を辿る旅

気持ちはキャラバン!ときどき遊牧民 シルクロードの歴史を辿る旅


ウズベキスタンはどんな国か。今回、ウズベキスタンに行く機会を得たが、周りの友人にウズベキスタンに行くと言ってもいまいちピンと来ない人が多いようだ。
シルクロードのちょうど真ん中にあり、かつてから東西の中継地点として大事な役割を果たしていた国。2500年以上の歴史を持つこの国の見所を駆け足だがバッチリ押さえてきた。


フライトは首都、タシケントに到着する。翌日を待って、国内線でウルゲンチ IN。そして車でヒワへと移動。ヒワは周りを二重の城壁に囲まれている。城壁の中に入ると、まるでRPGのゲームでお城に入っていくような感覚になった。
内側の城壁の中をイチャン・カラと呼ぶ。ここにはヒワの代名詞ともいえる、未完のミナレット「カルタ・ミナル」がある。この迫力で、未完なのだから完成していたらさぞかし立派な塔になっていたことだろう。

メインストリートには伝統的な帽子や、ウズベキスタンカラーの青の陶器、刺繍の布(スザニ)を売る露店が軒を並べている。


コンパクトに見所が凝縮しているので、非常に観光しやすい街である。アクシェイフ・ババの見張り台は、この街の全景が見渡せる人気スポットだ。
そしてまったく期待していなかったのだが、ウズベキスタンの食事はかなりおいしい!羊の肉やパサついた粉系の食べ物を想像していたが、香草やビネガーでサッパリとした味付けのサラダや、これまた香草を練りこんだパスタ、そして名物のナン!この後、様々な都市でその地方独特のナンをいろいろ食べたが、ウズベキスタン人にとってナンは無くてはならない、食事の定番となっている。

翌日、次の目的地ブハラへの移動。車でキジルクム砂漠を延々と8時間の縦断。途中一度ランチの休憩をはさんだものの、この距離の移動は腰に悪い・・・。加えて途中の悪路が腰痛に拍車をかける。
この日は移動だけでクタクタになってしまった。

10時間以上の惰眠を貪り、寝すぎて逆に体に痛みを感じつつ起床。
今日はブハラの観光だ。ブハラの街で観光スポットが集まっているのは旧市街である。旧市街の中心には、リャビハウズという池がある。リャビハウズはかつて周りを砂漠に囲まれていた時から、砂漠のオアシスとして旅人を癒していた。今現在は、オープンテラスでお茶を飲む観光客や、地元っ子に愛されるお洒落なカフェとなっている。ここを起点にメドレセやバザールを観光すると効率が良い。

ウズベキスタンではメドレセという言葉をよく耳にするが、これは神学校のこと。現在でも神学校として利用されているメドレセは少なく、観光地にある多くのそれは、お土産屋さんなどに姿を変えている。
ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ

正面入り口の鳳凰のモザイクタイルが美しい。夏には毎夜、ここで民族舞踏ショーが開催されている。
ウルグベグ・メドレセ

有名な天文学者、ウルグベグが建てた3つのメドレセのうちの一つ。中央アジア最古のメドレセ。
ミル・アラブ・メドレセ

個人的に一番見応えを感じたメドレセ。左右の巨大なドームと青と白のモザイクがいかにもウズベキスタンっぽい。
ミル・アラブ・メドレセに並んでたっているのが、ブハラのシンボルカラーンミナレットだ。

今回の出張の中で密かな楽しみにしていたのが、ユルタステイ!ユルタとは、モンゴルのゲルのようなもので、いわゆる移動式住居だ。移動式と聞くと簡素な作りを想像してしまうが、実際はコレでホントに移動式?と聞きたくなるくらいしっかしとした作りで中も広々としている。


昼間は湖に行って湖水浴を楽しんだり、ユルタで飼っているラクダに乗って楽しむのだ。しかし、シーズン終わりかけの10月は、日本の10月以上に寒く、水遊びなんてとんでもない。そしてさらにアンラッキーなことにラクダがこの日家出をしてしまって、帰ってこなかった・・・。いつもはすぐ帰って来るということだ。
でも気を取り直そう、ユルタの楽しみは夜が本番だ!
夕食を済ませるとキャンプファイヤーが始まり、民族衣装をきた男性が民族楽器を奏で、伝統的な歌を歌う。冷たく、凍えそうな暗闇の中、燃えさかる炎と異国の歌。そして顔を上げれば視界に収まりきらないほどの星空。ぬるま湯につかっているような心地よさを覚える。


翌日、青の都サマルカンドへ移動。まずは、生活用品が並ぶシヨブバザールへ。サマルカンドといえばナン!現地の人も必ずお土産に買っていくという、お土産のド定番。たくさんの露店でナンが並んでいる。


そして民家を訪問し、ホームステイを体験した。
ウズベキスタンでは大家族で暮らしていることが多く、結婚の年齢も早いそうだ。私のホストファミリーにも一つの家に3世帯か一緒に住んでいるということで、おじいちゃん、おばあちゃん、長男ファミリー、次男ファミリー、三男ととても賑やか。おばあちゃんとお嫁さんにウズベキスタンの郷土料理を習った。



そして夕食は家族全員そろって。

とても心温かい、ホストファミリーでした。

青の都という名の通り、サマルカンドは青の印象が強く残っている。
有名なレギスタン広場

左から、ウルグベク・メドレセ(天文学者が作ったので、モチーフが星になっている)
真ん中、ティラカリ・メドレセ(この中のお土産屋さんは今までで一番といっていいほど、品揃え豊富だった)
一番右、シェルドル・メドレセ(偶像崇拝を禁止されているイスラムにも関わらず、動物と人の姿を描いている)
サマルカンドで最も色鮮やかだと思ったのが、シャヒジンダ廟郡。階段を登るといくつもの廟(お墓)が左右に一直線に並んでいる。奥に行けば行くほど、古いものだという。いきなり青の世界に紛れ込んでしまったかのようにきれいだった。



サマルカンドから列車に乗り、4時間強でまたタシュケントに帰ってきた。
初日にここに来たときと、旅を終えてまたここに戻ってきた時とでかばんの中身も思いでも重量がかなり増したと思う。おいしいものを食べ過ぎて体重も増していないといいが。
旅は観光や食事だけではなく、人との出会いも楽しみの一つ。まるでジムキャリーのようなハイテンションと豊富な知識を兼ね備えたガイドさん、すごく優しくて気の利くドライバーさんに感謝して帰国の途に着いた。

2012年10月 久保井

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