憧れのアドリア海クルーズ~イタリア・クロアチア~

憧れのアドリア海クルーズ~イタリア・クロアチア~


イタリアに行ってきた。といっても、フィレンツェのドォーモもベネチアの運河もミラノの最後の晩餐も見ていないし、ナポリで美味しいものを食べたわけでもない。ローマの空港には寄ったが、乗り継ぎのため早足で空港内を移動しただけだった。
それでは、どこに行ってきたのかというと、南イタリア・プーリア州のアルベロベッロである。とんがり屋根の家々がかわいい、世界遺産の町だ。
今回は、このアルベロベッロのあるプーリア州とクロアチアの人気都市、ドブロヴニク、フヴァル、スプリットを8日間で巡った。


アルベロベッロはかわいい町だ。昔ながらのとんがり屋根の家に今も人々が暮らす。家の軒先はきれいな花で彩られ、町全体を明るくしている。夜の町もまた、きれいだ。静寂の中に町一番の教会の鐘の音が大きく響き、さらに町が静かになっていく。

翌日、アルベロベッロからレッチェ・オストゥーニ・ロコロトンドという3つの村をまわった。それぞれ特徴があって面白い。
レッチェは石灰岩によるバロック建築が有名だ。石灰岩は比較的やわらかいため、細かい彫刻が多く、本当に美しい。また、近年はファッションの町としても有名らしい。

オストゥーニはアルベロベッロとレッチェのちょうど中間くらいにあって、真っ白な町。ロコロトンドは日本からの観光客はまだまだ少ないが、アルベロベッロから5キロほどの場所で、町が円形で、三角の屋根も面白い。どの町もアルベロベッロとは一味違って興味深かった。プーリア州にはほかにも興味深い町があるのだが、次回は他の町も訪れてみたい。
さて、次の日は夜にいよいよバーリからドブロヴニクに移動する日であった。午後にアルベロベッロを発ち、世界遺産のマテーラに立ち寄った。マテーラの迫力はすごい!!
乾燥した大地を車で走っていると、突如、目の前にサッシ(洞窟住宅)ひしめくマテーラの町が現れる。とにかく感動というか、感激というか、イタリアにこんな場所があったなんて!!・・・と、ただただ驚くばかりだった。

町に入ってみると想像したとおり、迷路みたいだった。階段を上って下りて、北へ南へ、もう自分がどこにいるのか分からなくなりそうだった。何日か滞在しても楽しめる町である。

そんなマテーラの町を十分に楽しんだあと、いよいよバーリ港へ。カウンターでチケットを受け取り、出航の2時間前に出国審査を受けて乗船。豪華客船ではないが、クロアチアへ向けての航海がいよいよ始まった。

約9時間の航海後、いよいよドブロヴニクに到着した。港は旧市街ではないが、それでも写真で見たのと同じ、オレンジ屋根の家々がたくさん見えてきた。

ドブロヴニクに到着してすぐ、とにかく町の人が親切でとても感動した。
ドブロヴニクの港から町に向かうバスに乗ると、隣に座ったクロアチア人のおじいちゃんに話しかけられた。「どこから来たのかい?」と気さくに話しかけてくれたそのおじいちゃんに、「日本です。」と答えると、「そうか!日本か!!」と笑顔を見せてくれた。そして、「わしゃ船で日本に行ったことがあるんじゃ。」と誇らしげ。おじいちゃんの手には獲れたての魚がいっぱい入ったビニール袋があった。
それからおじいちゃんは、「これからどこに行くんだい?」と聞いてくれたので、ホテルの地図を見せた。しかし、ちょっと見づらいその地図はおじいちゃんを悩ませてしまった。そのうちおじいちゃんは、大きな声でバスの中で叫んだ。言葉は分からなかったが、バスの乗客に場所を聞いてくれているようだった。そして、乗客の口から、「このバスで合っているかしら?」とか、「もう少し先で乗り換えなければならないんじゃない?」とか、いろんな意見が出ていた(と思う)。そして、そういえばホテル名を伝えていなかったと思い、ホテル名を伝えると、おじいちゃんもまわりの乗客も「あー、あのホテルね!!大丈夫、もう少しだよ」と言ってくれた。
しばらくしておじいちゃんは「わしはここで降りるが、あの杖を持ったご老人と同じバス停で降りるといい」と教えてくれた。親切なおじいちゃんが降りてほどなく、杖のご老人が声をかけてくれた。このご老人は、ジェスチャーで、次で降りるよ、と教えてくれた。
バスを降りると、杖のご老人はさあホテルへ案内しよう、と言わんばかりにゆっくりと歩き出した。そのとき、一緒にバスを降りた女性が杖の老人に声をかけた。そして、その女性は私のほうに向きかえり、「ホテルの近くに行くので一緒に行きましょう」と話してくれた。クロアチア到着から1時間くらいだろうか。こうして私は親切なバスの乗客たちに助けられ、全く迷うことなく、ホテルに到着できたのだ。この時だけでなく、クロアチアでは何度も優しい人々に助けられた。
さて、ドブロヴニクといえば旧市街のこの風景がおなじみだ。


しかし、もっと面白いのが旧市街の路地裏である。


実際に生活している人々がいて、カフェやレストランがあって、パン屋さんがあって、まるでちょっとそこに住んでいるような気分も味わえる。世界遺産の中で暮らす人々、その中に入り、人々と出会う、そんな体験ができるのがドブロヴニクの魅力のひとつだ。
ところで、とても魅力的な町をたくさん巡ったが、一人で旅をしようと考えている女性の皆様には、ぜひ覚悟して旅に出てもらいたい。
なんの覚悟かというと、「食事」だ。イタリアもクロアチアも料理はとてもおいしい。しかし、とにかく量が多い。大勢で食事をするスタイルが一般的だからだろうか。イタリア料理といえばチーズ、ハム、パスタ、リゾット、肉料理、魚料理など、いろいろ思いつく。そのため、短い行程の中でも、なんとかたくさんの種類のものを食べたいと張り切ってレストランに入るが、パスタ1皿でおなかいっぱい。小皿でちょっとずつとか、ピザとパスタのハーフ&ハーフなんてメニューはほとんど存在しないのだ。

イタリア料理に似ているといわれるクロアチアも同じ。ドブロヴニクのレストランに入りメニューを見ていたとき、さっぱり分からなかったので、店員さんにおすすめを聞いた。店員さんが指差したものはやっぱり分からなかったが、リゾットの上に書いてあったので、似たようなものかと思い、注文。そして出てきたのがこれである。
ガーリックのよくきいた、ムール貝のワイン蒸しのようなものである。数えていないが、50個くらいあっただろうか。味はすごく良いのだが、他のものが頼めないくらい、十分な量であった。
翌日、ドブロヴニクからアドリア海の人気リゾート、フヴァルへ向かった。フヴァル島に向かう船はバーリから乗船したのと似た船だった。この日は6時間半の船旅だったが、デッキは陽気な人たちが水着姿で日光浴をしていた。これはちょっと日本では味わえない!
クルーズをしていると、たくさんの島々がアドリア海にあるなぁと実感できた。真っ青な海に浮かぶ緑の楽園は、どれも美しかった。
楽しかったアドリア海クルーズを終え、フヴァル島に到着。船が着いたスタリーグラード港からバスでフヴァルへ向かう。
フヴァルはとても小さい町だ。聖ステパノ大聖堂、アルセナル、フランシスコ会修道院などの見どころは集まっているので、30分ほどで一通り見られる。だからよけいに何度も同じ場所に行っては、朝に、夜に、毎回違う空気を味わえるのだ。

リゾートホテルはそんな町の中心から少し離れたところに点在している。周りには緑と真っ青な海があるのみだ。リゾートホテルの立地からも分かるが、フヴァルの魅力は、アドリア海の美しい海、決して大きくはないがのんびりとしてゆっくり過ごせる空気だ。

町を一望するには城塞から見るのがいい。海と船、、オレンジ屋根の町と、緑は一つ一つも美しいが、全体でひとつの絵のような、きれいな風景を描いている。またひとつ、好きな町が増えた。
時間がゆっくり流れるフヴァル島を駆け足であとにして、翌日目指したのはスプリット。今回も時間は短いがアドリア海クルーズでの移動であった。夕方のクルーズだったが相変わらず日差しは強い。
スプリットは大きな港町。フヴァルと比べるとその規模の違いに、ちょっと戸惑ってしまうくらいだ。ホテルまでは少し距離があったが歩いた。だがこれが結構キツイ。石畳の道が多く、キャスター付のかばんだと歩くたびに振動が伝わってくる。
ホテルから市街地まではバスに乗ってみようと思い、待っていた。しかし、10分待ってもバスは来ない。ドブロヴニクではバスが比較的正確だったので、もう行ってしまったのではないかと諦め歩いた。しばらく歩いていると、乗りたかったバスに追い越された。待っていたほうが良かったのかもしれない。
スプリットは大きな町だけあって、夜も賑やかだ。
港町に明かり。幻想的な感じもした。
翌朝、あまり時間もないため、朝早くから市街地へ出かけた。港町だけあって、美味しそうな魚介類の並ぶ市場があった。
それから、町を知るには上から眺めよう!ということで、今回は大聖堂の鐘楼にのぼった。ここは、ちょっと階段が怖かったが、眺めはすごく良かった。<動画:M4H05768>
宮殿横の青空市場も面白い。
観光客向けではない。地元の人々が、生活のために利用している市場である。いろんなものがあって、いろんな声が飛び交って、少しでもスプリットの人々の生活を見られたのが嬉しかった。
こうして駆け足で過ごした、イタリア・クロアチアの旅を終えた。駆け足だったが、それぞれの町の時間はゆっくり流れていて、その空気を味わうことで、自分もゆったりとした気持ちになれた。
憧れだったアドリア海の町は、どれも思い描いたとおりの、魅力的な地だった。
2010年6月 西田

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