「セイロン島は小宇宙のようだ;あらゆる多様性全てをここに凝縮している」
2001年宇宙の旅を代表作とする、20世紀を代表するSF作家の一人である、アーサー・C・クラークの言葉である。
そんなスリランカの面積は、北海道の0.8倍。小さな国土にも関わらず、スリランカには7つのユネスコ世界遺産がある。これは、世界有数の遺跡の宝庫エジプトが誇る世界遺産と同じ数である。
6ヵ所は仏教遺跡などを含む文化遺産、7番目の世界遺産は、スリランカ唯一の自然遺産で、南米のアマゾンに次ぎ世界随一の豊かな生態系を誇っているのである。また、小さな島国であるがゆえどこへ行っても気候が同じように思えるが、ビーチ、ジャングル、山と多様性のある地形をもち、地域によって気候がだいぶ異なる。場所を選べば1年中ビーチバカンスも楽しめる。そして世界でも名高いセイロンティーの本場である!
今回スリランカを旅するにあたり、仏教遺跡を訪れる事はもちろん!象を見て、紅茶をいっぱい飲んで、アーユルヴェーダをして・・・もうひとつ何かを・・・
スリランカ中央部の丘陵地帯では、視界の限りに広がる紅茶畑、無数に点在する清流や滝、標高2,000mを超える山がそびえ、熱帯の国では考えられない冷涼な空気で包まれている。
そんな丘陵地帯の南東部で最高峰を誇る山、スリー・パーダ(アダムス・ピーク)。
この山は、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教がそれぞれ開山伝説を語り、宗教の垣根を越えた人々が巡礼に訪れる、4つの大宗教共通の聖地である。
山頂の寺院にある岩には不思議な跡形があり、スリランカの仏教徒は、この足跡を仏陀がスリランカを訪れたときに残したものと信じている。また、ヒンドゥー教徒は、この足跡をシヴァ神のものと信じ、イスラム教徒はアダムが地上に降りたときのもの、キリスト教徒はアダムが楽園を追放され、地上に降りたときにつけたとか・・・・はたまた、13世紀にはマルコ・ポーロもこの山に登り、記録を残しているそうだ!
このように名だたる有名人が訪れたこの山・・・これに決めた!
スリー・パーダは標高2238m。富士山と同じく、きれいな三角形をした、ひときわ目立つ山である。今回、ヌワラエリアから車で南に約3時間、スリー・パーダの北側に位置するナラタニアを拠点とした。
夕食を早くに済ませ、仮眠後、深夜1時半に起床。熱帯の国にいるとは思えないほどの厚着をして、夜食だか朝食だかわからない食事をいただき、暑い紅茶をすする。
11月の満月から5月の満月までが、数多くの巡礼者や旅行者がこの山の山頂を目指す巡礼シーズン。太陰暦を基準としたポヤ・デー(満月)が、2009年は11月2日。私が登るのは11月11日。山頂には溢れんばかりの巡礼者が・・・!?ガイドブックの情報を胸に、そんな心配をしながら向かった車で5分の登山口。誰一人いない真っ暗闇と、数匹の野良犬が私を出迎えてくれた。
ホテルのコック兼スリー・パーダの案内人であるガンガーに尋ねると、「11月の早い日にちの場合は12月に繰り越すんだよ」とのこと・・・。このスリー・パーダ、巡礼シーズンは、山頂まで照明の灯りが連なり、参道の脇には売店や休憩所が所狭しと立ち並ぶのだが、巡礼シーズン以外は見事に閑散としている。開いていたのは6合目辺りの小さな売店ただ一つ。照明は豆電球の一つもなく、懐中電灯は必須である。あまりの暗闇に、どこに目指すスリー・パーダがあるのかすら見えない。
しょっぱなからバキッと折れた心を何とか建て直し、一郎、次郎、三郎(野良犬)と共に、いざ出発。
少し坂道を歩いて行くと、スリー・パーダの門があり、その先の洞窟には大きな涅槃像がある。そしてその左側にはヒンドゥー教の神ガネーシャ、さらにその右側にはヴィシィヌ神が仲むつまじく出迎えてくれる。ここは祭壇になっているので、ここでお賽銭をあげ、登山の無事を切に願う。
ここからはひたすら階段が続く。階段といても、間隔も高さも素材もばらばら。懐中電灯で足元を必死に照らしながら登り続ける。少し行くと山間から流れ落ちる小さな滝があり、その滝つぼへも降りられるようになっている。下山後にここで水浴びをする人も多いというが、山の湧水を侮るなかれ。あまりの冷たさに、心臓発作で亡くなった方もいるそうなので要注意。
寒さと階段続きで、思いのほか体が疲れる。ここで休憩タイム。日本で紅茶を飲むときは必ずストレートだが、ホテルで作ってもらった甘くて温かい紅茶が一気に体に染み渡る。
しかし飲みすぎにも要注意。トイレは道中見かけたのは一箇所のみ。(巡礼シーズンにはもしかするともっとあるのかもしれないが・・)幸か不幸か、わたしたち以外は誰もいないので、脇道でひっそり用を足すことは可能だが、トイレ事情はあまり良くない。
途中山腹にある、日本のある仏教の宗派が建てた日本山妙法寺から鐘の音が鳴り響く。除夜の鐘を思わせ、初日の出を見に行くような気分になる。
ふと見上げると、月明かりでうっすらとスリー・パーダが浮かび上がっていた。びっくりするくらい頂上が遠い事に気づかなかったふりをして先を急ぐ。
ここでふと気づくと、四郎と五郎(野良犬)までいる。このスリー・パーダにいる犬たちは非常に賢い。私たちが止まれば一緒に止まり、歩き出すと、早からず遅からずのスピードで先導してくれる。
休憩していても、餌を求めて摺り寄ってくることもなく、すごくいい距離感を保っている。これはまさに、スリランカの人々も同じである。私たちに興味を示して手を振ったり、話しかけてくれたりするが、決してしつこかったり、強引だったりすることはなかった。すごく温かく迎えてもらっている気持ちになった。
さて、仲間も増えたところで頂上を目指し再出発。
頂上が近づくにつれその傾斜度は限りなく90度に近づいていく。急斜面の階段の両側に設けられた手摺りに助けられながらも、数段登っては立ち止まる。
あたりはどんどん明るくなり、見上げていたはずのまわりの山々が視界に広がって見える。
登りだしてから約4時間。遂に頂上へ!頂上につくと同時に朝日が顔を出してきた。
朝日で赤く染まる白い寺院から、見渡す限りに連なる山々。朝霧がかった光景を見ながら、ここがスリランカ随一の聖地と呼ばれていることを実感した。
頂上の寺院の中には、参拝した回数だけ鳴らす鐘がある。わたしは1回目なので1回、チーーン。
静まり返った境内と心に響き渡る。ガイドのガンガーは、2000回目以上だし、「もぉずっと鳴らしていない。」と達人の余裕。
そして足跡を祀った岩へ!・・・鉄扉に鎖・・・。まさかの足跡もシーズンオフだった。
本来は、足跡のある大きな岩には小さな穴があり、のぞくと大きな宝石が見え、この宝石に本物の足跡があるといわれている。
何はともあれ無事山頂へ到着し、ここでまたお楽しみのティータイム。
気づけば六郎、七郎(野良犬)もいる。立派にガイドを務めてくれた彼らにもご褒美のビスケットを。
帰りは少し違うルートで下山することに。朝日と逆方向に歩き始めると、スリー・パーダの三角の山影が後ろの景色にきれいに映し出されていた。
往路の真っ暗闇では気づかなかったが、周囲の風景は一面緑に覆われ、かなり落差のある滝があちこちから流れ出し、なんとも素晴らしい景色だった。見たこともないような鳥や、猿もひょっこり姿を現す、と同時にあんなに大人しかった一郎たち(野良犬)が猛スピードで猿を追い回す。犬猿の仲とはよく言ったものだ。
麓に近くなると、タイガーバームを無料で塗ってくれる診療所や、アーユルヴェーダのマッサージ屋、各宗教の神様を祀った寺院などがたくさんあった。恐ろしく震えだした膝のせいも重なり、結局復路も約3時間かけてゆっくり下山した。
そして間もなく、近年味わったことのない筋肉痛に襲われたのであった・・・。
【参考】 スリー・パーダ4570段、シギリヤロック1200段(注:ルートなどにより非常に個人差有り。)
ホテルへ戻ると、早速お楽しみのティータイム。今回泊まったヌワラエリアのワット・サラ・インホテルからは、きれいにスリー・パーダが見える。登頂を果たしたスリー・パーダを眺めながらの紅茶はまた格別である!
スリランカの人々は本当に紅茶が好きである。たまにはコーヒーを飲んだりするの?と聞くと、「年に1度飲むか飲まないか。」とのこと。しかし、スリランカは今のように紅茶栽培が盛んになる前は、コーヒー栽培が盛んだったそうだ。そしていまでは、古いこと、遅れたことを言うと、「そんなの、コーヒー時代の話だよ!」と言うそうだ。スリランカではもはや、コーヒーはスリランカ・ジョークの対象なのである。
弊社で扱うスリランカのツアーの大半は日本語ガイドによるご案内。是非このスリランカ・ジョークを使ってみていただきたい。
スリランカは、小さな島国でありながら、本当にたくさんの楽しみ方がある、あらゆる多様性を持った小宇宙であった!
2009年11月 冨樫