幸福の国で幸せについて本気出して考えてみた ~ツェチュ祭を訪ねるブータン周遊紀行~

幸福の国で幸せについて本気出して考えてみた ~ツェチュ祭を訪ねるブータン周遊紀行~

もはや観光名所になってしまった首都ティンプーの手信号

インドやパキスタンで見られる派手なデコトラ(デコレーショントラック)はブータンにも

ルンタ(お経が書かれた旗)が張り巡らされ、異世界への入口感がプンプンするブータンの橋

このたび、ブータン出張に行かせていただくことになった。
ブータンと言えば真っ先に出てくるワードが「幸せの国」。全世界に二百カ国近くある国の中で、いきなり「幸福」を売りにしてくる国はブータンだけだろう。なんだか怪しい新興宗教のようでうさんくささ満点だが、国全体でそう言っているということは何かちゃんとした根拠があるに違いない。よし、その幸せとはなんぞやを見に行ってやろうじゃないか。そしてあわよくば自分にも幸せのお裾分けがあれば・・・。
しかも今回の目的は「見るだけで悟りが開き、御利益がある」といわれるチベット仏教の祭ツェチュを見ることで、幸せの秘密を探る準備は完全に整っている。はたして煩悩だらけの私が行っても大丈夫なのだろうか、幸せを感じることはできるのだろうか。


●不思議の国のブータン
ブータンがいろんな意味で他に類を見ない独特の国、ということはご存じの方も多いと思うが、まず入国からしてドラマチックだった。
今回はネパールのカトマンズから空路での入国。ヒマラヤの眺望を期待して進行方向左の窓側席に座ると、狙い通り雪を被った雄大な山々が見えてくる。機内アナウンスでは、これから着陸しますよ、などの放送と同じような普通のトーンで「左手にエベレストが見えます。。」との案内が流れてきた。なんてこった、高額なマウンテンフライトもハードなトレッキングもすることなく簡単に世界最高峰が見えてしまうとは。。
これが幸せの国のオープニングなんだろうか?

左がエベレスト(世界1位)、右がマカルー(世界5位)

そして分厚い雲を通り抜けてブータン上空へ。見えてくるのはのどかな農村風景で、でかい棚田に立派な農家。都市らしきものは全然見当たらないけど、確かに平和そうだ。谷に沿っていくようにしてパロ空港へ。


ターミナルはこれまた立派な伝統建築で、日本でも有名になったイケメン国王と美人王妃の写真がいきなり出迎えてくれる。明らかに今まで訪れた国の空港とは全然違う光景だった。正直、入国するだけでこんなにテンションが上がる国はないと思う。まるでさっき通り抜けた雲が異世界へのトンネルだったかのよう。
これはほんの序章で、この入国からブータン出国まで体験したことはとにかく他国ではありえないことばかり。これまで60カ国ほど旅行した経験があるが、ここまでユニークな国は間違いなく今までなかった。そんな「ありえない」を勝手にまとめてみると、、、
・国王
ブータンの街の建物はほとんど見事な伝統建築のみで、それだけでも十分異様でスゴイのだが、さらに異様でスゴイのが道路や軒先にでかでかと国王夫婦の写真が掲げられていること。先ほど書いたように空港にも大きな写真が旅行者を出迎えてくれるのだが、それはこの国では当たり前のことだったのだ。

首都ティンプーの繁華街

「王家がずっと続きますように」と書かれた看板を見ても、どれだけ国王が慕われているか伺える

首都ティンプーへの入口。立派なゲートと国王夫妻のラブラブ看板

一歩間違えれば北朝鮮状態にも見えるが、実際国王に対する国民の信頼は揺るぎないものがある。先代の国王は「幸福の国」の由来にもなっている国民総幸福量(GNH)という概念を提唱し、自ら国王の権限の縮小を目指して立憲君主制へと移行させ、自ら現地で指揮してインド系ゲリラを国内から追放した(特にこの出来事について熱っぽく語るブータン人に何回か出会った)。現国王も2011年に新婚旅行で来日して国会で感動的な演説を披露し、日本にブータンフィーバーを巻き起こしたのだから相当な人格者なのだろう。
・食べ物
日本人にはほぼなじみがないブータン料理。実際食べてみると、「とにかく辛い!」ことに尽きる。それは唐辛子を調味料ではなく野菜として扱っているから。どの料理も必ず唐辛子が大量に入っているし、そもそも唐辛子を炒めただけという日本では絶対成立しないような料理もある。

典型的なレストランでの料理

ティンプーの市場で、唐辛子を大量に買うお坊さん

といってもさすがに旅行者向けのホテルやレストランでは辛さを手加減してくれたり、パスタのように全く辛くない料理も用意してくれるが・・・。
一番ポピュラーな料理は唐辛子とのチーズ炒めもの「エマダツィ」で、一日三食これでも普通のことだという。あとは米や野菜、チーズに加え、干し肉を食べるのがブータンの特徴。料理も食材も日本どころか周辺国とも全く違うものばかりだけど、辛いことを除けば和定食のような、どこか素朴で懐かしい味がする。
またブムタン地方は高所のため米が取れない代わりにそばが栽培されており、日本のそばと似た「プタ」やそば粉のクレープ「クレ」がある。日本のとはまた違った味だけど、今度来たときはめんつゆとわさび持参でそば打ちでもやってみたい。

そば粉クレープ「クレ」をホームステイ先でいただく

また意外かもしれないがブータン人はお酒をよく飲む。市販されているビールや、家庭で作ることが多い焼酎アラなどは旅行者でも気軽に飲める。ブムタン地方では地ビール、地ワインをつくっており、お酒好きにはたまらない。昼からビールを飲んでいる現地人もおり、アルコールに寛容な地域だと感じた。まあ確かに日本人からしても昼からお酒を飲むなんてこれ以上の幸せはない。

ブムタン地方の地ビールレッドパンダと、山椒がきいてつまみにぴったりな腸詰めギュマ

ただ標高が高い場所が多いため酔いが回りやすいので、飲み過ぎにはくれぐれもご注意を・・・。
・国内移動
ブータンはヒマラヤの山岳国で平地がほとんどなく、必然的に国内移動が大変になる。日本のような国なら山岳地域でも高速道路を通したりトンネルを作りまくったりすることもできるが、経済規模も小さいためクネクネの峠道ばかり。鉄道も現在のところまったく通じていない。
ブータンで旅行者がよく訪れるパロ、ティンプー、プナカ、ブムタンといった街をほぼすべて通っているのが国道一号線で、いわばブータン版東名高速。ところがこれが日本の林道状態のありさまで、断崖絶壁の危険な道がガードレールなしの両側一車線というのはあたりまえで、ところどころ舗装すらされていない。現地の方は今工事中で一年後には良くなると言っていたが・・・。

そんなわけで移動するだけでもちょっとハードなブータン旅行だけど、頻繁に出会う絶景が疲れを吹き飛ばしてくれる。山岳国ながら農業が盛んなブータンではありえないほど高い山の上や深い谷底にも立派な農家や見事な棚田があり、どこを移動しても全く飽きない。日本でいうと四国の山奥や紀伊半島などに似ている感じ。移動中でも、ガイドさんに頼めば気軽に好きな所で停まってもらえて写真が撮れるのもいいところだ。

プナカへ向かう途中の見事な棚田

なお一応国内線フライトもあるが天候不良でよく欠航したり、そもそも乗客が少ないとその時点でフライトがキャンセルになることもあるのだそう。やはりどんな手段を使ってもブータン国内移動は一筋縄ではいかないのだ。
・スポーツ
ブータンの国技といえばアーチェリー。民族衣装でアーチェリーを楽しんでいる姿はどこか日本の弓道に通じるものがあるけど、ルールは全く違う。的までの距離はなんと140mもあり、オリンピックに参加したブータン人選手が「的が近すぎて当たらない」という名言(迷言?)を残したこともあるとか。また一日中どころか何日間も試合が続くこともあり、的に当たると祝いの歌と踊りを披露する。なんともブータンらしいゆるゆるスポーツ。

さらに手軽に行われているのがダーツで、よく道ばたでやっているのを見かける。これも的が遠い、当たると歌って踊る、とアーチェリーとよく似たブータン流スポーツ。ブータンでダーツバーを開いたら流行るかも。

全身正装のアーチェリーに対してこちらは適当な服装でもいいようだ


ゴーイングマイウェイなブータンスポーツ界だけれど、最近力を入れているのがサッカー。一時期世界最弱といわれていたが、ここ最近はその位置を脱し最近のワールドカップ予選では日本と同じステージで戦っていた。
せっかくなので国際試合が行われる首都ティンプーのチャンミリタンスタジアムへお邪魔してみる。

伝統建築なのはここも同じで、なんとも優雅なスタジアム。いつか日本代表がここで試合するときはぜひ行ってみたい!

あ、お坊さんもサッカーを見るんだ

・テレビ
1999年以前はテレビの視聴は禁止されていたとのことで、現在もチャンネル数は少なめ。今回の旅行ではホームステイ先で見る機会があったが、ニュース番組と歌番組しか見る機会がなかった。
ニュース番組では、トップニュースはもちろん国王の一日。

また英語教育に力を入れているブータンらしく、ニュースも公用語のゾンカ語と英語の両方を流しているのが特徴。
歌番組はプロの歌手やタレントがほぼいないためかのど自慢的な番組で、これもしっかり舞台背景が国王と第一子の男の子を抱いた王妃になっているのがなんともシュール。

ただどの番組も出演者全員が民族衣装を着ているため(法律により公的な場では民族衣装を着なければいけない)、どんな番組でも時代劇か笑点に見える・・・。
しかし、ブータンのチャンネルより圧倒的に多いのが隣国インドのチャンネル。インド映画やドラマは大人気で、なんとその影響で公用語のゾンカ語よりヒンディー語の方がよく通用するとのこと。独特の文化を持つブータンでも、やはりエンターテイメント大国インドの力は大きいようだ。
・観光地
ブータンは敬虔なチベット仏教徒が多く、世界で唯一チベット仏教を国教としている国。観光地も仏教関係の寺院などがほとんど。
特にブータンならではの見どころといえるのがゾン。ゾンとはひとことで言えば城塞兼県庁兼寺院といったもので、歴史的価値があるうえにほとんどが現役の行政施設、宗教施設として使われている。

川のたもとに堂々と建つプナカ・ゾン

緑の中にいきなり現れる、軍艦のようなトンサ・ゾンを望む

チベットから17世紀に亡命してきた僧がブータンの起源をつくったといわれ、ほとんどのゾンもその時に建てられた。どのゾンも遠目からでも圧倒されるほどとてつもない存在感を放っており、内部に入ると大胆かつ緻密なつくりや鮮明な仏画にこれまた圧倒される。
またブータン人はゾンに入るときに、ゴ(男性用)やキラ(女性用)といった民族衣装に加えカムニやラチューと呼ばれる肩掛けを身につけなければならない。これをいそいそと身につけるブータン人を見ると、外国人の私たちまで身が引き締まる思いがする。

パロ・ゾンの内部

ブータンの公用語はゾンカ語だがこれはゾンで使われる言葉という意味で、また県もゾンカクと呼ばれる。それほどゾンはブータン人にとって重要なものなのだ。
またブムタン地方は国内でも数多くの古刹、名刹が集まっている地域として有名で、寺院めぐりが楽しい。

参拝者が少なくひっそりとしたチャカル・ラカン

ロダク・カルチュ・ゴンパで法要にお邪魔させてもらう

ときおり村人が参拝に来る以外は誰もおらず静寂が支配する寺院や逆にいつも僧侶でにぎわっている寺院などいろいろで、祀られている仏像も様々。ブムタンは範囲が広いので、一日かけてゆっくりまわりたい。
・・・と、この国は目にするもの耳にするもの感じるものとにかくすべてが新鮮で衝撃!確かに他の国に比べるとブータン旅行は高くするけど、こんな経験ができるだけでも十分行く価値があるのでは??
●ブータンに来たならホームステイ!ご家庭に潜入して幸せの秘密を探る
そんなユニークな国ブータンでおすすめなのが、なんといってもホームステイ!もともと宿泊施設が少なかったブータンでは旅行者を家に泊めるのが当たり前で、外国人旅行者も気軽にホームステイができる。またホストファミリーにとってもお客さんを泊めることで話し相手ができ、外部のニュースが聞けるというメリットがあるようで、ホームステイ中ガイドさんやドライバーさんとホストファミリーとの会話は絶えることがなかった。
今回はプナカとブムタンでホームステイ。
プナカでのホームステイ先は、街から30分ほどかかる人里離れた場所。「よくぞこんな所に・・・」と言いたくなる山奥に立派な農家があった。

玄関に魔除けのポ・チェン(男根)が描かれるのがブータン民家のユニークなところ

ホームステイ先の子供たちと遊ぶ

農家の周りにはこれぞザ・ブータンの絶景といった見事な棚田が広がっており、そのてっぺんには小さな寺院がある。まずは家族の方とその棚田の中を散歩。

白い旗のようなものはお経が書かれたダルシン

そしてやっぱり楽しみなのが食事。ここの田畑で取れた自家製のご飯や野菜を出してくれる。こちらも自家製のブータン焼酎アラも振る舞ってくれた。

赤米で作られたためワインのような見た目だが味は完全に焼酎。すぐ目がまわる。。

朝食はご飯やゆで卵、そしてブータンならではの特製バター茶。

ブムタンでのホームステイ先は母屋とは別に宿泊者用の建物があり、ホテルのように快適だった。
けれどやっぱりそこはホームステイ、ホストファミリーがいろいろ気にかけてくれ、言葉があまり通じなくても優しさが身にしみる。
せっかくブムタンに来たのだからと名物そば料理を出してくれたり、毎日自家製アラをいただいていたらアル中と思われたのか別れ際にボトルに詰めてプレゼントしてくれたり。

日本のそばと似ているようで全然違うブータンそばプタ(右下)


ブータン人の生活に触れ、家族の一員になったようになれるホームステイ体験は、観光よりもずっと心に残るかも。
また一般家庭で体験したいのがなんといっても石焼き風呂ドツォ。ホームステイしなくても、ガイドさんに相談すれば近くの農家などで手配してくれるはず(別料金)。一見お堅そうでも、このようにうまく融通が利く所もブータン旅行のいい所だと思う。

●「見るだけでご利益がある」チベット仏教の祭ツェチュ
今回楽しみにしていたのがツェチュ。各地の悪霊を調伏してブータンにチベット仏教を伝えたとされる僧グル・リンポチェにちなむ祭で、メインのマスクダンスはグル・リンポチェの生涯に起こった出来事をたたえたもので、この出来事がいずれも月の10日であったことから、ツェチュとは「月の10日」を意味している。
ツェチュが行われる時期は場所によって様々でほぼ毎月どこかの地域でやっているが、今回幸運なことにブムタン地方で2日連続で別々のツェチュを見ることができた。ブータンにおいてとても重要で「見るだけでご利益がある」とされるお祭だから、これでご利益も倍になったはず!
まずはチュメ谷のニマルン・ツェチュへ。
会場は寺院で、舞台を取り囲んで観客が所狭しと並んでいる。これがツェチュの即席ステージ。
まず村の女性たちの歌から始まり、すぐにマスクダンスがスタート。僧侶が奏でる音楽に合わせて、色鮮やかなダンサーがダイナミックに踊りまくる!

ここにも大きな国王ファミリーの写真が・・・




ダンサーに混じってときどき出てくるのは風変わりな仮面をかぶったアツァラ。道化の役割を持ち、観客を笑わせる強烈なキャラを持っているがここのアツァラは気合いが入りまくり。外国人旅行者を舞台に引きずり込んでダンスさせるわ、子供や犬を追いかけ回すわで観客も大喝采だった。


棒で頭を叩かれると御利益があるとか。日本でもこんな祭があるような・・・

翌日はチョコル谷のクジェ・ツェチュへ。このツェチュのメインはトンドル(大仏画)のご開帳。開帳は未明に行われるようで、会場の寺院へ着いた頃には長い行列ができあがっていて皆トンドルを額へすりつけていた。トンドルを前に五体投地をする観客もいて、彼らがどれだけご開帳を待ち望んでいたのか身にしみて分かる。

ここではニマルン・ツェチュとまた違ったダンスが見られ、大満足。いずれも会場が小さいのですぐ目の前でマスクダンスが見られ、その迫力はすごいものがあった。


お昼頃トンドルが大切にしまわれる。また来年までさようなら

けれど、ツェチュで一番印象に残ったのは精一杯のおしゃれをして年に一度のお祭りを楽しんでいる観客たち。舞台からふと周囲に目を移すと民族衣装の鮮やかな色彩や、満足そうに踊りを見つめている観客の姿が目に入って、これを見るだけでもツェチュに来て良かった!と感じた。私たち旅行者にとっては重要なイベントであるこのツェチュだけど、彼らにとっても年に一度の最高の楽しみなのかもしれない。


そんな日本昔話に出てくる世界そのものをこの目で見れたこと自体がご利益なのかも。そして、これこそが彼らにとっての幸せなのかもしれないと思う。幸せは遠い所にあるのではなく案外そこら辺に転がっている、と聞いたことがあるけどブータン人はそれを探すのが上手な民族で、それが「幸福の国」の秘密かも・・・。
自然豊かな国土と賢明な国王、謙虚で信心深い国民に恵まれた、世界でここだけの奇跡の国ブータン。この国が幸せの国と呼ばれるのは必然なのかもしれない。そんな国を旅できること自体、これ以上ない幸せなのでは。

【スタッフおススメ度】
●プナカ ★★★★
標高が低く冬も冷え込まないことから「冬の首都」として栄えた街。プナカ・ゾンはブータンのゾンの中でも屈指のイケメン度を誇る
●ブムタン ★★★★★
歴史あるお寺が多いが、街らしい街がなくのんびりした雰囲気で立派な農家が多い。ここに来たなら名物そば料理はぜひ食べたい。京都と長野を足したような感じ?
●ティンプー ★★★★
首都だが人口はたった10万人、それでも地方から来ると大都会に見える。日本では見られない食材ばかり集まる市場見学がオススメ。
●パロ ★★★★★
国内唯一の国際空港があるが、中心部は伝統建築家屋が並び宿場町のような印象。郊外のパロ・ゾンから眺める街は絶景。
(2016年7月 伊藤)
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