大平原の中を自由に駆け抜ける馬。その姿を見たら、そう感じずにはいられなかった。
成田空港から直行便5時間くらいで、ウランバートルのチンギスハーン国際空港に到着する。モンゴルといえばチンギスハーン。空港の名前もチンギスハーン。驚くことにウランバートルの市街地の丘には、石で描かれた巨大なチンギスハーンが鎮座している。もちろん紙幣にもチンギスハーンが描かれている。どこまでチンギスハーンなんだ!?と思わず突っ込みを入れたくなるくらいチンギスハーン色が強い。国の英雄と讃えられているのだから当たり前だとは思うが、2週間くらい前に行ったウズベキスタンでは、「チンギスハーンの侵略によって、モスクやメドレセが破壊されて・・・」という歴史的事実があり、もちろん評判はモンゴルとは正反対であった。
意外にも大都会であったウランバートル。あまりにも近くてあっさり到着したが、そこはやはり別世界。顔は日本人と近いので「あぁ、同じだな」と感じつつも、街に溢れる文字はキリル文字。そして意外と標高(ウランバートルで1,200m~1,300m)も緯度も高いので、この時期は夜の21時近くまで明るい。昨今では高層ビル(マンションやホテル)も建ち、車も急激に増え、地方から帰ってくると、騒々しく感じる街である。
今回のテーマは大きく分けて2つ。前半は中央県あたりのゲルに宿泊し、乗馬体験をして、カラコルム遺跡の観光にも行く。後半は南ゴビにいき、モンゴルで最大の砂丘(ホンゴル砂丘)を見学する。国土の広いモンゴルを8日間で西から南から移動するのは、結構ハードスケジュールであった。
本題に入る前に、出発前日に慌てて「地球の歩き方」を読み漁り、ギリギリでパッキングしたところ、現地で非常に役に立ったものを挙げておこう。
<軍手>馬にもラクダにも乗るから必要だと思っていたら、ゲルの暖炉に薪をくべる際に一番利用した。これがなければ火傷していたはず・・・
<懐中電灯>ゲルには24時間電気が通じていないところも多く、夜になると消灯する。暗くなるのは遅い時間だが、外灯があるわけもなく、星を見よう、トイレに行こうと外に出ようとするならそこは本物の闇が広がっている。これはなくてはならない。
<ビーチサンダル>ゲルに滞在するときは、共同シャワー、共同トイレである。共同シャワーの床は滑りやすいので、ビーチサンダルが必需品。
<帽子、サングラス>とりあえず日差しが強いので、もはやなくてはならない。
<フリース>日中は気温が上がるが、夜は急激に冷えるので、夏でも防寒着は必要である。
前半はまず、モンゴルの大草原で乗馬体験!ということで、ウランバートルから一路西の方向へ200kmほどのところにある、ツーリストゲルに移動した。ウランバートルを出てものの30分も走れば、あたりは一面の草原と、たまにゲル、たまに家畜の群れという「これぞモンゴル!」という風景を目にすることができる。山がちな地形なので、地平線が見えるような草原というわけではないが、緑の短い草で一面覆われている風景は、もう見事!としかいいようがない。
しかしながら、そんな風景も延々と見続けていると、贅沢なもので飽きてくる。うとうとしようにも、たまに道の舗装がくずれているところがあるので、その度に「はっ」と起こされる。さすがに疲れてきた・・・と思ったところで、ツーリストゲルに到着。岩肌の出た山の麓にあるゲルの視界の範囲では、人工物を見ることがない。(ツーリストゲル関連の建物以外)
まさに大自然の真っ只中で、のんびりとモンゴルライフを楽しむことができる。長時間の車の移動でへとへとだったので、しばらくゲルで休ませてもらい、多少涼しい風が吹くようになってから、乗馬へ出発。
タイで象に乗ったことはあるが、それ以外の動物に乗るのは初めて。とにかく馬の後ろには立つなという注意事項を頭に入れて、何とか馬に乗る。さて、軽く乗馬レッスン!と思いきや、馬方さん、ガイドさんも各自の馬に乗り始め、「さ、出発しよう!」といい始めた。え・・・?いきなり・・・?と思っていたら、どんどんゲルの敷地内を出て、ひたすら草原を進み始めた。ガイドさんに軽く「どこまで行くんですか?」と聞いてみると、「とりあえずあの目の前の丘の向こうに、馬方さんのお姉さんの住んでいるゲルがあるから、そこまで行こう」とのこと。この時点で向こうに見える丘は遥か遠く。
何キロあるのかも見当のつかない先で、もちろん目的地であるゲルすら見えない。これを行くということは、もちろん戻ってくるということで、一体往復何時間かかるのか・・・と、一抹の不安が頭をよぎった。しかし、慣れてしまえばなんてことはなく、馬の揺れに体を任せていると心地よく、草原に吹く風に耳を傾けながら、時折近くを走る馬や羊やヤギの群れを見ていると、「あ~私今、モンゴルにいる」と、心から実感した。
ひたすら歩き続ける、3人と3頭。後ろのゲルが遠くなっていき、ゆっくり丘が近づいてくるという1時間半くらいの行程の後、ついに丘を登った。すると目の前にゲルが見えてきた。馬方さんのお姉さんの住むゲルである。馬を降り、少しゲルの中で休ませてもらった。最近のゲルには、アンテナや自家発電機があるため、冷蔵庫、テレビといった家電が置かれている。
馬に乗っているだけといえばその通りだが、馬を降りてみると意外と疲れていることがわかり、自家製のヨーグルトとチーズ、ボールツォクという揚げ菓子をいただいくと、ほっと一息つくことができた。
30分程度休ませてもらい、今度はゲルに向けて帰路に着く。さすがに行きよりは帰りの方が慣れて楽になり、まわりの景色を写真に撮る余裕も出てきた。帰りは一向に近づいて来ないゲルを遠めに見ながら、往復3時間半ほどかけて初日の乗馬体験は終了した。馬には人間の気持ちが伝わると聞いたので、心の中で「ありがとう、お疲れ様」と言いながら、首をなでてあげるといいかもしれない。
モンゴルで乗馬、砂丘に続いて楽しみにしていたのが、夜の星空である。昼間何もない風景を見ていたから、これは夜には真っ暗になってさぞやキレイな星空が見えるのでは・・・と期待は大きく膨らんでいた。日が落ちるのが遅いので、暗くなりはじめるのは21時過ぎであり、星が一面に見えるようになるには、23時を過ぎるまで待たなくてはならない。長時間の移動と、乗馬で疲れきっていたが、明日は晴れるともわからない!と気合を入れてひたすら暗くなるのを待った。ゲルにはテレビもなく、23時頃になると発電機が切られるので、本すら読むことができない。しかし、そういう何もない夜を過ごすというのも貴重な体験で、発電機が止まると、もう静寂と闇に包まれる。23時をまわったころ、恐る恐る外に出てみると・・・そこには満天の星空が広がっていた。幸い月が出ていなかったので、遠くの小さい無数の星たち、更には日本ではなかなか目にすることのできない天の川もはっきりと見ることができた。あまりに美しい星空にぼーっとしていると、自然と流れ星が流れてきた。「あっ!」という間に消えてしまったが、しばらくするとまた流れ星。何かお願いことをしようにも、星空が美しすぎて、ひたすらこの場にいられることに感謝するのみであった。星空を写真に撮ることは非常に難しいので、この感動体験は是非現地で!
翌日にはカラコルム観光、再度乗馬体験を一通り終え、ウランバートルに戻り、次は一路南ゴビへ
ウランバートルから国内線でおよそ1時間半で、南ゴビの空港・ダランザドガドに到着。
30人乗りくらいの小さい飛行機であったが、
ここ数年のうちにできた新しい航空会社で、機材も新しく、軽食、ドリンクのサービスもしっかりしていた。窓から見える景色には、山のある西部とはまた異なる、広大な平原が眼下に広がっていた。
ここをこれから2日半かけてまわるのか・・・と砂丘に心を寄せながら、飛行機は無事着陸した。到着したのは21時近くで、それから30キロほど先にあるツーリストキャンプまで移動する。空港のある街を一歩出ると、すぐに舗装道路はなくなり、オフロードのタイヤの轍だけが残る大平原の中をひたすら走り続ける。ちょうど太陽が沈みゆく時間帯で、目の前には赤い空、後ろには暗闇が迫り、黒、青、赤の美しいグラデーションの世界が広がっていた。刻々と変化する空の色と雲の動きを見ていると、この瞬間の景色は今しか存在しない、次もしここに来たとしても、この景色に二度と出会えることはないのだ・・・と何か胸にこみ上げてくるものがあり、この瞬間にこの場にいられることの不思議さに、ただただ感動し、自然と涙が出てきた。うまく写真を撮る自信がなく、ひたすら自分の脳裏にこの光景を焼きつけるだけだった。再び、この感動体験は、是非現地で!!
感動と移動の疲れにやられて、やっとのことでツーリストキャンプに到着すると、もう23時近くになっていて、とりあえずそれから夕食を食べ、翌日に備えた。
このツーリストキャンプは24時間電気と温水シャワーが利用でき(しかもちょろちょろの温水ではなく、豊富な水量で感動)、日本人の団体のツアー客も利用していた。
翌日はまずヨリーン・アム渓谷へ向かう。
車でおよそ1時間半から2時間くらいで、渓谷の入り口に到着する。そこからは車は入れないので、徒歩で奥まで歩く。
標高も高く、風も強く、とにかく寒い!太陽は出ているので陽があたれば暖かいが、冷たい風が吹くと体感温度は一気に下がる。緑と水が豊かなので、時折野生動物の姿を見ることもできた。ここにしかいない鳥や、ナキウサギ、時には野生のヤギも見られるそうだ。細い谷をしばらく進むと、雪渓が現れた。6月でまだまだ気温も低く、かなりの量の雪が残っていて危険なので、雪渓が始まってから50~60mほどのところで先に行くのを断念してしまった。
いかんせん滑るコンバースで来てしまったため、それだけ進むのにも、ガイドさんと運転手さんに脇を抱えてもらい、やっとのことで進んだ。
ヨリーン・アム渓谷の観光を終えて、再び車で出発。山中の険しい道をひたすら走る。車が横転するのではないかと怖くなるほどの道を何度も何度も通り抜けた。車1台通るのがやっとというほどの細い谷間を通り過ぎたところで、少し坂を登る。
その坂を抜けると目の前には広大な大草原が広がっていた。
今まで通ってきた山道とは一変し、ひたすらまっすぐに続く地平線が目の前に広がっているのである。その光景を目にした瞬間思わず、「キャー!!!」と声を上げてしまった。すると横の運転手さんは満足げな顔をして、親指を立てて「グッド!!」と言ってきた。ガイドさんからその後聞いた話によると、ヨリーン・アム渓谷からホンゴル砂丘に向かうには、我々が通ってきた道でない方が車にも人にも優しい道で、細い渓谷と急に広がる平らな草原のコースは、運転手さんが私を喜ばせようとわざと選んで通ってきたということだった。私が予想以上にいい反応を示したため、運転手さんも喜んでくれていたようだった。その感動もつかの間・・・今度はひたすら強い太陽の日差しと、ガタガタ道の揺れとの戦い。確かに目の前に広がる景色は雄大でなんとも言い難い感動を呼び起こすものの、さすがにこの状態で4時間ほど走っていると限界がきた。
かすかにホンゴル砂丘の端が見える丘の上で、ランチを取り、再び1時間半ほど走って、やっとのことで、本日宿泊するツーリストキャンプに到着した。
このキャンプの目の前にはホンゴル砂丘が広がり、まわりは途方もない平原。空の広さに押しつぶされそうな感覚に襲われた。この日は砂丘でラクダに乗るため、少し休んですぐ出発し、ツーリストキャンプ近くの遊牧民のおうちにお邪魔した。観光用にラクダに乗せてくれるお宅があって、そこにはイタリア人のおじいさん2人組がホームステイをしていた。大平原の真ん中にあっても、自家発電機とアンテナが完備されているので、テレビを見ることができ、冷蔵庫もあった。ヨーロッパからのお客さんは本当に自分達で旅を楽しむ方法をよく見つけてくるなぁと感心してしまう。早速ラクダに乗る。ラクダは大きいので、しゃがんだ状態で2つのこぶの間に乗り込む。
そして、ラクダが「よっこいしょ」と立ち上がる。立ち上がる時にバランスが崩れるので、最初は非常に怖く、ここでも「ひゃー!」と思わず声を上げてしまった。馬より身長が高いため見晴らしがよく、動きも大人しい。のそっのそっと歩きながら、いよいよホンゴル砂丘へ近づく。
しばらくは短い草がまばらに生えている地帯が続くが、いよいよ砂丘に近づくと、いきなりきれいな砂丘が目の前に迫ってくる。
ホンゴル砂丘自体は細長い形状をしていて、その隣には小川が流れたりしていて、どうしてここだけ砂丘になっているのか、本当に不思議でならない。
砂丘をラクダに乗って歩いていると自然と「月の砂漠」のメロディーが頭に流れてくる。
まーベタだが、まさにそのまま。2時間ほどラクダライディングを楽しみ、再び遊牧民の方のお宅に戻ってきた。ここでもモンゴル版ミルクティーとボールツォクという揚げ菓子をいただいた。かわいらしい女の子がいたので、一緒に。
もう一つおまけで、モンゴルでどうしても見てみたいものがあった。それは地平線から昇る朝陽である。今まで滞在してきたツーリストキャンプのまわりには山があったので、見ることができなかったが、今回のキャンプのまわりはひたすら平原。そして太陽の昇る方向には山はなく、絶好のポイントであった。ガイドさんいわく、4時~5時くらいに陽が昇るとのことだったので、翌日は4時に目覚ましをかけ、早めに就寝した。4時に起きてみると、だいぶ明るくなっていたものの、まだまだ太陽にはお目にかかれそうになかった。とりあえずもう1時間くらい寝て、様子を見ようとしたところ、次に起きたら5時50分頃。「あ!やべ!寝過ごした」と思って外に出てみると、ちょうど太陽の頭が地平線の先から昇ってくるところだった。あまりのまぶしさに直視できないほどであったが、ゆっくりと昇ってくる太陽を見ながら、思わず手を合わせていた。これほど「1日が始まる」ということをはっきりと体感したのは初めてだった。(朝食までまだ時間があったので、その後もう一度眠ってしまったものの・・・)とりあえずこれで、モンゴルで体験してみたいと思っていたことは、全て納得の形で体験することができた。
しっかり二度寝をむさぼり、前日の疲れを癒したところで、再び車で長時間の移動が始まった。この日の目的地はバヤンザクという渓谷。
3時間くらいひたすら平原を走ると、やっと到着。ここはアメリカのグランドキャニオンと似たような景色が広がっていて、よく恐竜の化石が発見される有名なところであった。
恐竜好きの私にとっては非常に魅力ある土地で、化石探しにでも時間を費やしたかったが、さすがに時間がなく、風景を眺めてのんびりして終わった。バヤンザクの荒涼とした大地を眺めていると、太古の生き物達がどこからか現れてきそうな雰囲気さえ漂う不思議な空間である。
とにもかくにもモンゴルの大自然に圧倒されっぱなしの1週間。中央県の草原や南ゴビで、車窓から草原を自由に駆け抜ける馬の姿を眺めていると、あんな風に馬になって草原を駆け抜けてみたいな・・・とほろっと感じる。それゆえのタイトルである。特に馬が好きというわけではないが、ここまでモンゴルの自然と馬の姿に魅了されたことに自分自身でも驚いていた。モンゴルはリピーターが多い国の一つで、旅人を魅了する何かがある、そう思ってモンゴルにやってきた。そこには短い夏と長く厳しい冬の気候、驚異的な大自然の中で、たくましく生き抜いているモンゴルの動物たち、モンゴル人たちの営々と続く生活が存在した。
2010年6月倉田