象は立ち上がった~ンゴロンゴロ自然保護区(タンザニア)~

象は立ち上がった~ンゴロンゴロ自然保護区(タンザニア)~

1.セレンゲッティからンゴロンゴロへ
セレンゲッティの大平原で。トムソンガゼルの群れ僕はセレンゲッティ国立公園の大平原をサファリカーに乗って突っ走っていた。東京・神奈川・埼玉・千葉4都県を合わせたより広いというのだから、そして、ほとんど起伏がないのだから、どんなに広いところを走っているか想像できるだろうか。「見渡す限りの大平原」「360度の地平線」、そういう常套句が、とても安っぽく陳腐に感じられて、僕はその広さをどのように表現して読者に伝えたらよいか分らないでいる。


その車のスピードメーターは壊れていたから、何キロ出ていたか確かではないが、多分、100km/hは越えていただろう。しかも、その道は舗装されていなかったので、体感速度はもっともっと速く、走りっぷりは凄まじいものがあった。いちど、道のくぼみに突っ込んで、僕はシートの上で跳ね、天井に頭をぶつけた。同乗者はもっとひどく頭をぶつけてしまい、首に軽いむち打ち症のような痛みまで残った。
車はセレンゲッティを遂に走破してンゴロンゴロに近づくと、次第次第に高度を上げ、今、突っ切ってきた大平原を見下ろすようになった。とても、その全体を見渡せるわけはないが、視点の角度が変わって見ると、あらためて、広いっ、ということが感じさせられる。
やがて車はンゴロンゴロの外輪山を登り終え、目指すべきホテル(ンゴロンゴロ・セレナ)に着いた。
2.「ンゴロンゴロ」という地名と地形
それがタンザニアにある、ということを知らない人でも、「ンゴロンゴロ(Ngorongoro)」という地名は聞いたことがあるだろう。世界でもなかなか珍しい「ン」という音から始まる地名、ということで、しりとり遊びが好きな僕の娘たち(8才と6才)も、その地名だけは知っていた。しかし、タンザニア人に聞くと、実際には最初の「ン(N)」の音は発音しないようで、「ゴロンゴロ」と言っている。なにも、言いにくいのを無理に「ンゴロンゴロ」と呼ばずとも、地元の彼らと同じように「ゴロンゴロ」と呼べば良いのではないだろうか。
このンゴロンゴロ自然保護区は、巨大な火口跡(カルデラ)の中にある。標高が2,400mの外輪山に囲まれたカルデラ内部の平野は標高が1,800mだそうだから、600mの深さクレーターになっている。東西が19km、南北が16kmという広さで、阿蘇山のカルデラよりは少し狭いが、それでもなんと山手線の3倍ほどの広さがあるそうだ。
ンゴロンゴロ・セレナから見たンゴロンゴロのクレーター外輪山のてっぺんにあるホテル(ンゴロンゴロ・セレナ)からは、このンゴロンゴロのクレーターが一望出来、それはそれは良い景色だ。クレーターの底には大きな湖も拡がっている。でもこのクレーターの中に、山手線の輪が3つもはいるなんてとても見えない。そもそも、目の前に拡がるその平原が、600mも下にあるということが信じられない。僕たちが日本で普段見る景色の視野の中には、必ず建物とか道路とか何か人工物が入っているものだから、それとの比較で大きさや広さを実感出来るのだろうが、そんなものが視界の限りな~~んにもない景色を前にすると、長さや高さの感覚が、まるでマヒしたようにだめになってしまうのだろう。
3.「ンゴロンゴロ」のサファリへ出発
午後、僕たちは車に乗って「ンゴロンゴロ」のサファリへ出発した。車はたちまち、外輪山の縁から、壁を斜めに切ってクレーターの底に降りて行く道を、一目散に下って行く。少しずつ、クレーターの底の平原が近づいてきた。ホテルから一望出来たクレーターが、実は途方もない広さなんだ、ということが、このときようやっと自分のものになってきた。自分がクレータの中に入ってしまうと、周りに山々が連なる広い盆地の中にいる、としか思えず、地形がクレータになっているということ自体がもう分からないのだ。
外輪山を下りきる前に僕たちを最初に迎えてくれたのはイボイノシシの家族だった。子供のイノシシもいる。イノシシの子を「ウリ坊」とはよく呼んだものだ。ほんとに、ウリに4本足ときゅるっと伸びたしっぽを付けただけ、といった子供たちが、親たちに付いて可愛くトコトコ歩いて行った。なんで、あのいかつい顔で、こんなに可愛く感じられるのだろうか。
4.実はンゴロンゴロは野鳥も見どころ
ンゴロンゴロのソーダ湖に群れなすフラミンゴホオジロカンムリヅル
クレータの底に辿り着くと、次に迎えてくれたのは鳥たちだった。色柄が鮮やかなエジプト・ガン、色は白黒だけどシルエットはやっぱり日本の朱鷺とおんなじクロトキ、孤高のダチョウ、湖をピンクに染めるフラミンゴ、フラミンゴ、フラミンゴ、、、、。そしてなんと言っても姿が抜群に美しいホオジロカンムリヅル。ンゴロンゴロは野鳥天国でもあった。
5.ヌーのケンカ
ケンカするヌー平原を走り出すと、草食動物たちが、これでもか、というほどたくさんたくさん僕たちの前に現れた。シマウマ、水牛、トムソンガゼル、そしてヌー。特に、ヌーの数ときたら、群れのまっただ中に入ってしまうと、何万頭いるのかと思われるほど周りの草原にはヌーばかりがたむろしているのだった。この、顔が馬のように長~~い牛は、日本のテレビなんかでは川べりから凶暴なワニに水中に引きずり込まれ、食べられてしまうところや、懸命に走って逃げているのに、ライオンに追いつかれおしりをガブッと噛みつかれて、やっぱり食べられてしまうところばかり映されているので、何だか弱っちいイメージだが、実際は、どうしてそんなところばかりではない。僕たちはヌーの仲間同士が角を突き合わせてケンカするところに立ち会えた。何がケンカの原因になったのかは分からないが、けっこう、気が強いところもあるんや!と、ちょっと見直した。
6.のんびり、楽園の池
ンゴロンゴロのサファリを始めて2時間近くが過ぎ、僕たちは池のほとりにやってきた。ここにも、ズグロアオサギ、チュウサギなどの水鳥や、シロクロ・ゲリ、いカバと記念撮影ろんな種類のハタオリドリなど、たくさんのきれいな野鳥たち がいた。池の水面には何頭かのカバたちが、鼻の穴と目ン玉だけを出しジッとしている。のんびりとした平和な光景だ。普通、サファリの途中で車を降りることはないが、ここは安全、ということで、車から降りてひと休みすることになった。 やっぱり、水がある景色は美しいし、なんだかホッとする。緊張がほぐれる。「楽園」。そう、ここは楽園なんだ、と思えるような場所であった。
7.象は立ち上がった
夕刻になり、そろそろホテルに帰る時間が近づいてきた。僕たちは、外輪山から平原に下りてきた地点を目指して走り出した。
一頭の象が道の脇の茂みにいるのを見つけ、ドライバーは車を止めた。その象は、なにやら不思議な動きをしている。顔を上の方に向けながら、前に一歩二歩行ったかと思えば、こんどは少し後ずさりする。そんなことを繰り返したかと思ったその時、突然、その象は立ち上がった!後ろ足で、すっくと立ち上がったのである。そして、その立ち上がった勢いにまかせて、長い鼻をまっすぐに上に伸ばし、頭上の木の枝をつかんで引きずり下ろした。 そう、彼(彼女かもしれない)はおいしそうな葉っぱをいっぱい付けた木の枝を見つけ、それを獲得するために、その高さの見当を付け、足を置くべき位置を決め、そしてエイ、ヤァッー、と立ち上がり伸び上がったのだった。

僕はもちろんカメラは手にしていたが、その象が前や後ろにウロウロしているのを見て「何をしてるんかいな?」と、ちょっとボケェーと見ていたので、象が急に立ち上がったとき、あわててカメラを構えシャッターを切ったものの、夕方、陽が陰っていたこともあって少しぶれてしまった。決定的なシーンだったのに悔やまれたが、それでも、象が立ち上がった瞬間はしっかり撮れた。こんなすごい場面はなかなか撮れるもんではない。趣味で写真をやっているわけではないが、なかなか誇らしい気分であった。
ンゴロンゴロ・セレナから見た朝焼けのクレーター僕はこれまで、サーカスやタイの象キャンプで、飼い慣らされたアジアゾウが立ち上がるのは何度も見たことがあるが、野生のアフリカゾウが立ち上がるのをこの目で見たことはない。おそらくこの先も、こんな瞬間に遭えることは無いだろう。
読者のあなた。あなたは、立ち上がった野生のアフリカ象を、これまでに見たことがあるだろうか。。。。。おぉ~っと、いかんいかん、ちょっと自慢が過ぎたようだ。この辺で、この文を終えることにしよう。

旅行期間:2007年 11月28日から12月7日までの10日間
(うち、ンゴロンゴロへ滞在したのは:2007年 12月2日から12月3日の1泊2日)
小澤 誠

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